きみのくに15 | ナノ





きみのくに15

 前線地となっている水の国には、闇の精霊と契約した組織の本拠地がある。マヌが契約し、名づけたティトという精霊は、目的地までの旅の中で多くのことを教えてくれた。
「王族以外が呼び出し、契約した精霊は闇の精霊だと、あの宰相が言っていましたよね?」
 マヌは街道を避けるように言われ、山を迂回する道を歩いていた。武器も金もない状態だが、ティトを呼び出せば、彼はマヌを助け、食料まで手に入れてくる。代償に記憶を奪った彼は優しく、マヌはそのことを恨んではいない。ただ、消えてしまった記憶は、マヌの胸に大きな穴を開けていた。思い出せば、その穴は埋まるだろうか。
「あれはこの世界の王族達による嘘です。私達にはこの世界に存在する国のように属性などありません」
 王族達は自分達の民を支配するために、王族の血筋にだけ認められた特別な力があると信じさせた。だが、精霊を呼び出すことは、王族の人間でなくてもできる。マヌは自分がどうやって精霊達の世界へ行ったのか分からないが、ティトの話では呼び出す方法はいくらでもあり、呼び出さなくても、彼らがこちらへ来ていることもあるようだった。
「最初に言ったでしょう? 私達はあなた達より長い時間を過ごす。私達は時を持てあまし、あなた達の世界へ介入しました」
 精霊達の中でも好戦的な者は、この世界の争いを楽しんでいる、とティトは続けた。契約の解除は名づけた名前と、「解除する」という言葉を発するだけだ。最悪の場合、解除できないまま、人間とともに消えてしまう精霊もいるが、特に攻撃的な者はそれすら楽しみの一つとして興奮するらしい。
「……解除したら、僕の記憶は戻る?」
 ティトは首を横に振った。
「解除は双方の合意がないとできません。私は解除に合意しませんし、解除しても、代償に消したあなたの大切な方の記憶は戻りません」
 マヌは彼の瞳を見つめた。どうして、大切な人の記憶を代償にしたのか、と訴えた。彼はしばらくの間、マヌの瞳を見つめ返していたが、唐突にマヌの左手首をつかんだ。
「サティバの腕輪は思いを込めて編むと、不思議な力が宿るそうです。たとえば……息絶える時、その腕輪は白くなったり、切れたりすると言われます」
 息絶えるという言葉に、マヌは胸が痛くなったものの、サティバの腕輪のことは知識としてしか知らない。
「その腕輪、火の国の婚礼に使うものでしょう? 僕の住んでいた村は、婚礼の時、くちびるに……何だろう……とまらない」
 マヌはあふれた涙を拭う。
「どうして、僕と、契約したの?」
 ティトはマヌを抱き締めてくれた。彼の肩越しに星の輝く空を見上げる。
「あなたの心が壊れかけていたからです。そして、予見が正しいなら、あなたはこの争いを終わらせるきっかけになる方だからです」
 親指の腹で腕輪の感触を確かめていた。視界に入ったのは、悲しげな表情で駆けてくる宰相の姿だった。マヌはあの時、目を閉じた。宰相の持ってくる恐ろしい何かを聞きたくなかった。
「僕はこれからも、ティトと旅を続けるの?」
「そうです。争いをあおっている精霊と契約している人々に会わなければなりません」
 まだつかまれている左手首へ、マヌは自分の手も重ねた。
「争いはすぐに終わる?」
「……いいえ。この世界は荒廃します。一部の人間達は、私達の世界へ移ります。そして、長い時間をかけて、私達の森を壊していきます。それが私達の受ける報いです」
 あまりに途方もない話に、マヌは思わず笑った。
「僕は本当に争いを止めるきっかけになるの?」
 ティトが耳元で小さく、「辛く険しい道ですが」とこたえた。マヌはくちびるを噛み締め、目を閉じる。
「死ぬ時は契約を解除するけど、そばにいてくれる?」
「はい」
「死んだら、記憶は戻ってくる?」
 目を開けると、ティトが苦しそうな表情をしていた。彼はマヌの額へ指先を当てる。
「死んでも記憶は戻りません。けれど、魂はめぐります」
 目の前に浜辺が見えた。少し先で大きな船が座礁している。マヌは波打ち際に倒れている人に気づいた。
「マヌ」
 マヌはティトへ焦点を合わせる。彼が見せてくれたのは、消えた記憶なのだろうか。
「その時のために、今、戦ってください」
 ティトの手を握り返したマヌは、力強く頷いた。

14 16(ティト視点)

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