きみのくに14 | ナノ





きみのくに14

 マヌはうろの中にいた。土の国のうろには癒しの力がある。体を起こして、中から出ると、宰相が立ち上がった。
「マヌ!」
 宰相はマヌの体を確かめるように、頭から指先まで触れた。
「森で倒れていたんですよ。痛いところはありませんか?」
 マヌは首を横に振り、左手首へ視線を落とす。ケガをしていたわけでもないのに、何もないそこが気になり、右手で握った。
「マヌ……精霊を呼び出したのですか?」
 体を見ていた宰相の手が右肩の上で止まる。マヌには見えない場所だったが、そこには精霊と契約を結んだ印があった。マヌが分からない、と言うと、宰相は頭を抱える。
「マヌ、王族の者が呼び出し、契約した精霊以外は闇の精霊です。あなたのことを頼まれていたのに、こんなことになってしまうなんて……」
 宰相は謝りながら、マヌの両手を拘束した。外から複数の人間が来て、マヌを市場にある大広場へと引っ張る。マヌは周囲を見回した。自分は誰かを探している。だが、誰かは分からない。
 十字型の磔台へ手足を固定されたマヌは、悲愴な面持ちで近づいてくる宰相を見つめた。
「精霊を呼び出してください。契約を終わらせるように説得すれば、あなたの命は助かります」
 マヌは口を開きかけ、閉じた。大広場に集まった者達から侮蔑に満ちた眼差しを向けられている。マヌはその中に何かを探した。
「マヌ」
 宰相が促す。マヌは足元の土を見つめた。褐色の大地はマヌの中にある何かを刺激する。だが、その何かがどうしても思い出せない。宰相が身を引くと、観衆の中から石が飛んできた。マヌのこめかみに命中した石は、皮膚を裂き、落下していく。
 何も思い出せない。領主のところから逃れ、土の国で生きてきた記憶しかない。マヌは飛んでくる石を体に受け続けながら、契約した精霊の名前を思い出そうとした。
 大きなうろの中で彼に抱かれていた。真っ暗になる前に、緑の葉の間から射光が見えた。もとの世界へ帰りたいかと聞かれ、頷いた。マヌは涙を流す。
「マヌ、陽が落ちるまで我慢してください」
 頭の中に声が響いた。左目に命中した石が落ちたのを確認する前に、左の視界が消える。痛い、と声に出しても、誰も気に留めない。子どもの握りこぶしほどの石が、頭に当たった。マヌはまた真っ暗な世界へ戻った。

 背後から抱き締められている。マヌは懐かしい温もりに笑みを浮かべた。あふれた涙へ、彼のくちびるが優しく触れていく。
「マヌ」
 目を開けると、薄暗い空が見えた。
「私を呼び出してください。拘束を解きます」
 頭に響く声に、マヌは小さく笑った。
「僕は、あなたの名前を知らない」
 空には星が輝いていた。右目から流れた涙が頬をつたう。
「大切なこと、忘れてる。僕、どうして、ここに、いるの?」
「……ティト」
「ティト?」
 響いた言葉をそのまま口にすると、右側に気配があった。彼が悲しげな笑みを浮かべて立っている。
「あなたは私にティトと名づけました。あなたの大切な方の名です」
 彼は話をしながら、拘束を外してくれる。支えを失い、マヌが崩れる前に、彼はマヌの体を抱き上げた。
「契約の代償に、あなたから……記憶を奪いました」
 マヌは左のまぶたに、彼の手が触れるのを感じた。冷たくも温かくもない手だった。手が離れると、マヌの左目は見えるようになっていた。彼は歩みを止めず、マヌの傷へ手を当てていく。心細くて、怖くなる。マヌは彼の身につけている衣服の袖を握り締めた。

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