きみのくに13 | ナノ





きみのくに13

 白く細い彼の腕が精霊樹の幹へ触れると、その部分から淡い光が漏れた。
「これは精霊樹だ。おまえ達の世界では、ダーナの大樹と呼ばれている」
 マヌは彼の言葉を正しく理解できず、黙ったまま精霊樹を見上げた。ダーナの大樹は上まで見ることができず、こんなふうに緑の枝葉が広がっていたなんて知らなかった。マヌはそう考えたところで、ダーナの大樹の上に精霊樹があるという図を思い浮かべる。
「……ここは、土の国の上なんですか?」
 父親は海の向こうにはまだ国がある、と言っていた。土の国の出入口は地底を通ることもある。だから、空の上に国があってもおかしくはない。ただ、もしそうであれば、マヌはどうやってここまで来たのだろう、と疑問に思った。
「厳密に言えば、上ではない」
 彼はそう言って、枝が重なった場所へ座り、上半身を傾けた。
「ティト、ティトはどこにいますか?」
 白くなっている腕輪へ触れ、マヌは気になっていることを口にする。周囲にいる者達の髪や瞳の色は皆、彼に似ている。ティトのように褐色の肌を持つ者は一人もいない。
「ここにはいない」
 こみ上げてくる不安感に、マヌはくちびるを噛み締めた。彼はくつろいだ姿勢のまま、「この世界にはいない」と続ける。
「どういうことですか?」
 彼は手のひらを上に向け、近づくようにと指を動かす。マヌが彼のそばへ行くと、左手首をつかまれた。
「サティバには不思議な力があると聞いたことがある。思いを込めて編むと、色が変わったり、切れたりして、相手へ知らせるらしい」
 分かるだろう、と言いたげな彼の瞳に、マヌは息を飲み込む。にじむ視界を何度も指で拭った。
「……もとのところに、帰ります。僕、どうやって」
「過去、おまえのようにこの世界へ来た人間が何人かいた。彼らもおまえのように、どうやってここへ来たのか分からず、帰り道をなくしていた」
 マヌは首を振る。
「戻らなきゃ、ティトのいない世界なんて、嫌だ」
 あふれた涙を拭いもせず、マヌは道を戻った。濡れたコケに滑り、転んでも、すぐに起き上がり、マヌは森の中を駆ける。走っても走っても、同じ景色が広がる。嗚咽はやがて息切れへ変わり、マヌはひざをついた。
「ティト……ティト」
 肩へ触れた手に、顔を上げると、懐かしいと感じた。先ほどの彼とは異なる者が、マヌを心配そうに見つめている。
「僕、帰りたい。ティトのいるところに、帰りたい」
 彼はマヌの濡れた頬をなでた。その指先が額へと触れる。マヌは彼の手首を両手でつかむ。
「お願いします、帰して、僕、ティトのところに、行かなきゃ」
 マヌは訴えながら、それが叶わないことなのだと知った。彼の瞳は悲しげに光っている。
「私達はあなた達よりもずっと長い時を過ごす」
 彼はマヌを抱えるようにして、うろの中へ背中をあずけた。
「あなたがここへ来たことで、予見が事実へ変わるのだと、皆、恐れています。もっとも、すべては私達の行いに対する報いですが……」
 彼の手がまぶたへかかる。話の内容が分からない。マヌは報いと聞いて、自分もかつて報いを受けると言ったことを思い出した。あれはティトとともに雪山へ逃れた時だ。領主を殺したティトの罪を背負い、自分が罰を受けると約束した。
 周囲が真っ暗になる。
「私と契約すれば、もとの世界へ戻れます」
 マヌは頷いた。
「契約には代償があります」
 もう一度、マヌは頷いた。

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