きみのくに11 | ナノ





きみのくに11

 長く伸びた黄金の髪を結ったマヌは、左手首にあるサティバから編まれた腕輪へ触れる。土の国へ来てから、季節が変わろうとしていた。暑いといっても、火の国ほどではない。その暑い季節が終わり、周囲の森は赤や黄に色づき始めていた。
「マヌ」
 宰相の声に振り返り、マヌは軽く会釈する。彼はテーブルへ置かれたままの食事を見て、「薄味ですか?」と尋ねた。
「いえ、土の国の料理はおいしいです。ただ、あまり、食欲がなくて……散歩に行きます」
 マヌは宰相が入ってきた方向から外へ出た。扉のない家は木製で、木々が集まった通りは屋根の代わりに緑の葉で覆われていた。晴れた日は木々が動き、空が見える。マヌは市場のほうへ足を向けた。土の国は火の国と異なり、広大な土地も点在する都市もなく、すべてが一ヶ所に集約されている。
 出入口と呼ばれる場所には、色々なところにつながる穴があった。マヌがティトに背負われて抜けて来た道にあたる。そこは争いが始まってから、閉鎖され、戦いに行く者達しか通り抜けできなくなっていた。
 水の国が闇の精霊と契約した者達の手に落ちてから、争いが本格化した。一人にしておけないというティトの言葉により、マヌは土の国へ預けられた。
 森の中を歩き、座り心地のよさそうな幹へ腰を下ろす。ティトと一緒にいたかった。だが、いったん首都へ戻ったティトはすぐに水の国へ向かったらしい。土の国は水の国と隣接するが、巨大な森林地帯の中にあり、外からの侵入は難しいと言われている。敵意を持った者が森へ近づくと霧が出るためだ。
 精霊を呼び出し、その加護を受けられるのは各一族の血筋だけだと聞いた。マヌは火の国の民として、自分も戦いたいと申し出たが、ティトはそれを許さなかった。精霊との契約もないまま、武器を手に戦う民がいる中で、自分だけが許されないのは悲しい。
 マヌは自分の手を見つめた。国境を守っていたティトとは異なる、小さく軟弱な手だった。土の国へ来てから、マヌは一族と精霊の関係について、知り得ることができる情報すべてを集めた。
 闇の精霊は一族の者でなくても契約をしている。国を治める王族一族に関係がなくても、精霊を呼び出し、その加護を受けられるのであれば、もちろん闇の精霊以外の精霊とも契約できるはずだと考えた。
 離れ離れで互いの身を案じるくらいなら、そばにいて一緒に戦うほうがいい。マヌは左手首のサティバへ触れ、ティトのことを思う。赤みを帯びた黒髪を結うと、彼はマヌの髪を同じように結んでくれた。
 別れの夜に体をつなげた時、マヌはもう二度とティトと会えなくなると予感し、なかなか彼を離さなかった。親指の腹で腕輪をなでて、マヌはゆっくりと目を閉じる。目を閉じていても、陽の光を感じるのに、突然、目を覆われたように真っ暗になった。
 マヌは慌てて目を開けるが、やはり闇の中にいるように真っ暗だ。声が出ない。夢でも見ているのだろうか、とマヌは周囲を見渡した。もっとも自分の手すら見えないほどの暗闇で、どれだけ目を凝らしても何も見えない。
 無意識に腕輪へ触れた。マヌは耳に入ってきた懐かしい音を聞く。風の音だ。吹雪く時の風が悲鳴のような音へと変わる。雪国で生まれ育ったマヌには慣れた音だった。領主へ仕え始めたのは八歳の頃からだったが、マヌは両親や幼いきょうだい達の顔を思い出せなくなっていた。
 数年前にジュバーデン地方は豪雪に見舞われ、多くの街で死者が出たと聞いている。ティトはそのことを話さなかったが、マヌは市場へよく出かけていたため、耳に入っていた。街で凍死者が出るほどだったのだ。あの小さな村で自分の家族が生きている可能性はほとんどない。
 ティトには内緒にして、家の裏へ墓を作った。きょうだい達の分だけだが、自らの髪の一部を切り、それを結い、輪にして埋めた。ジュバーデン地方に伝わる埋葬方法だった。

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