falling down 番外編11 | ナノ





falling down番外編11

 トミーは混乱した。自分は気持ちよかったが、トビアスは違ったのだろうか。血は彼のものだろう。すぐに礼拝堂へ戻って、彼の様子を見にいくべきだ。トミーはそう思うのに、ゆっくりと便座へ腰を下ろして、そこですすり泣いた。トビアスが悪い、と頭の中で繰り返す。本当は自分が悪いのだと分かっていた。

 ノックの音で目が覚める。扉を開けると、寄宿舎の生徒が、「何だ、トミーか。混んでるからさっさと出ろよ」と笑った。トミーはまだ夢の中にいるような気分で、トイレから出た。いつも通りの朝食が並んでいる。もしかすると、あれは夢だったのかもしれないと考えた。
「なぁ、大事件!」
 寄宿舎の玄関のほうから、別の棟の生徒が駆け込んできた。心臓が痛くなる。皆は朝から何だと興味を持った。誰かが聞き返すのを待たずに、駆け込んできた生徒が大声で告げる。
「トビアスが礼拝堂で乱交してたんだって!」
 興奮する生徒達とは異なり、トミーは血の気が引く思いで、その場に立っているのもやっとだった。いちばんに考えたのは、自分の身のことだ。自分がしたことが公になれば、退学になる。家族や周囲の人間に失望されるのは嫌だった。
「……トビアスは?」
 まるでその場にいたかのように詳細を話す生徒へ近寄り、トビアスがどこにいるのか聞いた。
「何か、救急車で運ばれてた」
 トミーは寄宿舎を出て、礼拝堂まで走った。周囲には野次馬と化した生徒達と、追い返そうとしている教師達の姿が見える。その中にレアンドロス達の姿を見つけた。レアンドロスの悲嘆に暮れた表情を見た時、トミーは少しだけ優越感にひたった。
 トビアスが乱交していたなんて、ただの憶測で噂でしかない。レアンドロスはそれを聞いて、やはり彼には合わないと思うだろう。だが、自分は違う。トミーはトビアスが戻って来たら、彼のことを受け入れてやろうと思った。自分がトビアスにした、都合の悪いことは忘れた。

 ベッドから下りて、キッチンでミネラルウォーターを飲んだ。戻って来たら、トビアスの味方になろうと決めていたのに、彼は二度と戻って来なかった。トミーはシンクの縁へ手をつき、目を閉じる。
 記憶喪失になったと噂で聞いた。彼の母親が事故で亡くなり、葬儀のためにこちらへ来るという情報を人づてに得た。空港で会ったトビアスは、あの頃と同じトビアスだった。本当に自分のことを忘れたのかと思うほど、彼は変わっていなかった。だが、レアンドロスからの怒声を浴び、トミーは自分が犯した罪の大きさを再認識した。
 あの夜の出来事は合意ではない。嫌がる彼を犯して、そのまま放置した。退学になるべきは自分だったのに、彼の名誉を守るために動くこともしなかった。
「あなたのことが好きなんだ」
 言いわけにしか聞こえない。それでも、言葉にすると、まだ彼のことが好きでたまらなかった。トミーは泣きながら、過ちの代償を知った。
「トビアス……」
 トミーは目を開き、のろのろと大学へ行く準備を始める。外にあるポストからはみ出した白い封筒を引っ張った。筆跡で分かる。トビアスからだ。トミーはすぐに部屋へ戻り、ハサミで封を開けた。
 トビアスは記憶を取り戻し、今秋からフェレド大学へ入学することを教えてくれた。あの出来事についてはまったく触れず、だが、最後の結びに彼らしい言葉があった。早く素敵な恋人を作れ、という意味の言葉だった。それが彼のこたえであり、許しなのだと思った瞬間、トミーはその場に座り込み、大声で泣いた。
 封筒に書かれている住所をなぞる。返事は書けない。トミーはまだトビアスのことが好きだった。だから、会いに行くこともできない。手にある便せんを胸に抱く。生涯、愛するのは彼だけだ。トミーは胸に秘めた思いを便せんとともに封筒へつめた。

 数学と結婚している、と言われるほど、トミーが大学での勉強に身を入れ始めたのは、その後すぐのことだった。トミーは今でもトビアスからの手紙を肌身離さず持ち歩き、週末には必ず、近所の礼拝堂へ出かける。
 トビアスの幸せを祈るためだった。

番外編10 番外編12(結婚編/トビアス視点)

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