falling down57 | ナノ





falling down57

「君の笑顔を見たら、すごく幸せになれる……もし、自己嫌悪に陥ることがあったら、考えてみて。俺と君は異なる言語を話す国で同じ年に同じ性別で生まれた。まったく違う環境で育って、十六歳の時に出会った。俺は恋に落ちた。二年くらい会えなかったけど、君のことを考えない日はなかった。それから、やっとこうして一緒にいることができるようになった。将来を誓い合った。ここまでで、どれくらいの確率だと思う?」
 トビアスは笑い声を立てた。
「オーブリー先生の受け売りじゃないか」
 レアンドロスも笑い、トビアスのことを抱き寄せた。
 人と人の出会いは奇跡だと、かつてオーブリーが話していた。その中でも相思相愛になることは、地上で小さな針を持った相手に、空から糸を垂らして通せる実験の確率よりも低いと言った。生徒の一人が、「その確率はどれくらいですか?」と真面目に質問すると、オーブリーは彼らしい言葉でこたえた。
「さぁ、そんな実験はしたことがないから分からない。大事なことは、その相手を見つけたら、空から糸を垂らしている場合ではないということだ。私は妻を見つけた時、すぐに手を握った。それから、彼女の指に指輪をはめた」
 トビアスはレアンドロスの背中へ回していた手を上げる。彼の肩越しに見える指先には、指輪がある。窓から入っていた陽光に当たり、いっそう輝く指輪を、トビアスは目を細めて眺めた。

 料理本を見ながら、マスのムニエルを作ったトビアスは、冷蔵庫に入れていたグリーンサラダを取り出した。最近はトビアスの作る回数のほうが多い。レアンドロスは部屋で電話していた。フェレド大学へ通うことになれば、ここを出なければいけない。彼は家を探していた。
 レアンドロスとの関係はゆっくりと深くなっていると感じる。トビアスは彼が本当に自分の体や精神状態のことを考えているのだと確信し、彼が途中でトイレへ行っても落ち着いて待つようになった。今は互いの性器を手で擦り合うこともある。トビアスは手でしてもらうことに慣れず、最初の頃はほんの少し擦ってもらうだけですぐに射精していた。
 ムニエルを皿に盛りつけながら思い出したことに赤面していると、電話を終えたレアンドロスが戻ってくる。
「パン、オーブンから出すよ」
 温めていたパンをオーブンから取り出し、バスケットへ入れてくれる。食べる時に手伝いが必要だったため、レアンドロスは隣へ座る癖がついていた。彼はすぐにナイフとフォークが用意されていないことに気づき、向かい側へと座る。
「この間のマス?」
 トビアスは頷いた。ショッピングモールの鮮魚コーナーで購入したものだ。量が多かったため、小分けにして冷凍庫へ保管していた。おいしい、と笑みを浮かべて食べるレアンドロスを見て、トビアスは幸せな気持ちになった。料理する回数は増えているものの、トビアスはもともと不器用で、食べられないほどひどいものを作ることもあった。
 食事を終え、しばらくテレビを見た後、読みかけの本を読み始める。レアンドロスは少しの間、部屋に戻っていた。寒さを感じ、ウッドデッキへ続く窓を見ると、少し開いている。トビアスはソファから起き上がろうとした。その横をレアンドロスが通り、窓を閉めてくれた。
「ありがとう」
 また横になり、本へ視線を落とすと、頭をなでられる。そのまま、読み進めていたが、レアンドロスは額へ触れ、頬をなで、キスをし始める。最後にシャツをめくって、脇腹へ口をつけ、思い切り吸いつかれた。
「レア!」
 トビアスは本を閉じ、ラグの上に置く。読書を邪魔されて、怒気を含んだ声で名前を読んだ。だが、本当は怒ってなどいない。こんなふうに、ごく普通の恋人同士のようなやり取りができることを、トビアスは誰よりも喜んでいた。
 レアンドロスはこたえた様子もなく、今まで本をつかんでいたトビアスの両手を握る。じゃれついてくる犬のように、顔を寄せ、次の瞬間にはくちびるへキスを受けた。
「……っ、ん」
 舌が絡み、トビアスはレアンドロスの手を強く握り返す。彼は横抱きにすると、トビアスの部屋へ移動した。いつも二人で眠っているベッドの上へ、そっと体を下ろされる。裸になり、互いの肌へ触れたり、キスしたりしながら、ほほ笑み合う。
 今まで経験したことがないことばかりだ。誰もこんなふうに優しく、穏やかに、トビアスの緊張を解してはくれなかった。

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