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falling down53

 それからの一週間は、夏季休暇の続きのようだった。カティエストはイレラント国最北の地域であり、地熱エネルギーを利用した電力開発が進められた結果、人工温泉地帯となった。エネルギー開発のほかに観光業が盛んで、エストランデス家の所有であるこの別荘から二十キロメートルほど南へ下ると、温泉地と別荘やホテルが建ち並ぶ。
 この別荘はレアンドロスの祖母の所有で、彼がエストランデス家と王位継承権を捨てて家を出る際、彼女の不動産から一つ選んでいいと言われて、選んだものだ。名義上はまだ彼女のものだが、二十歳になればレアンドロスのものになる。
 隣の家まで車で二十キロ、いつも利用しているショッピングモールはその先にあり、ブレイトン病院までは二時間以上かかる。レアンドロスが不便な場所に建つ別荘を選んだ理由は、執拗なパパラッチから隠れるためだった。
 車を駐車場へ入れたレアンドロスは、助手席側へ回り、ドアを開けてくれた。車高のある車のため、降りる際に手を貸してもらう。そのまま手をつないで出入口へ向かった。今日は太陽がなく、曇り空だが、レアンドロスと同じくサングラスをしている人も多い。
 ショッピングモールは最上階である四階がレストランフロアとなっていた。レアンドロスに手を引かれ、三階の紳士服フロアを見て回る。彼はクレジットカードと現金を持っていたが、ジョシュアに使い方を教えてもらうまで、どういうふうに買い物するか分からなかったと笑った。確かに以前は買い物した際、その場で払うことはなかった。
 エストランデス家からの援助は一切受けないと口火を切ったレアンドロスだが、実際には祖母からの援助があるらしい。
「俺の家族には会いたくないかもしれないけど、祖母は本当に素晴らしい人なんだ」
 コーヒーショップで休憩しながら、レアンドロスは祖母の話を聞かせてくれた。
「そんなことない。落ち着いたら、ちゃんと、会って、あいさつをしたいと思ってる」
 レアンドロスの両親が、自分にいい印象を抱いていないことは分かっている。電気ショック療法を指示されたことも、いまだに怖かった。だが、自分の存在のせいで、息子が大学へ行かず、王族の権利や義務を捨てたことを思えば、恨まれても憎まれても仕方ないと思えた。
「ビー、また何か否定的なこと、考えてないか?」
 トビアスは顔を上げて、隣に座るレアンドロスを見た。
「君の癖だ。自分を否定する時、視線を下へ向けたり、うつむいたりする」
 彼は笑って、トビアスの頭を軽くなでる。
「本屋さんへ寄ろうか」
 家で作る料理はほとんどが料理本を参考にしている。トビアスも少しずつ手伝ってはいたが、なかなかジョシュアのように器用には作れない。レアンドロスはいまだに献立表を作り、体重と一緒にノートへ書き込んでいる。七キロほど増えているが、平均体重を下回ると言って、彼は軽々と抱えた。
 トビアスとレアンドロスの身長差は二十センチ以上あり、たとえトビアスが平均体重を上回っても、彼の力ならあっさりと抱えそうだ。一度も言っていないが、トビアスは脇の下から抱え上げてもらうことが好きだった。父親が子どもを抱き上げる動作でよく見かけるからだ。レアンドロスは父親ではなく、その代わりを求めているわけでもないが、父親の存在がなかったトビアスにとって、脇から抱えられて、そのまま横抱きにされたり、ひざに座らせてもらえるのは、心地のいいものだった。
「何かあった?」
 料理本を何冊か手にしたレアンドロスが、隣へやって来る。トビアスは園芸本のコーナーにいた。イレラントの春は遅いが、雪が解けたら、庭に何か植えようと思い、ここへ来た。だが、考えていたのは、彼に抱き締めてもらうことばかりで、トビアスは頬を染める。
「うううん、特にない」
 レアンドロスは頷き、手を握った。
「じゃあ、あとは今晩のおかずを見て帰ろう」
 本を購入した後、地下にある生鮮食品売り場を回った。サングラスをしていても、レアンドロスは人目を引く。中には彼がエストランデス家の長男だと気づく人もいるが、直接、話しかけてくることはない。ノースフォレスト校内では、誰にでも分け隔てなく接し、親しみやすさがあったが、今の彼は周囲を威圧するように歩く。
 サングラスで表情が見えないから、という理由だけはおさまらないプレッシャーは、自分のためだと理解していた。
「ビー、クマさんのチョコ、買う?」
 レアンドロスは口元に笑みを浮かべ、お菓子コーナーへカートを押し、目的の商品前で止まる。
「ありがとう」
 二箱、カートへ入れてくれた彼に礼を言うと、彼は右手を握った。好きという気持ちがあふれてくる。トビアスは手を握り返し、歩幅を合わせてくれる彼とともに歩いた。

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