きみのくに9 | ナノ





きみのくに9

 王家に仕える教育係達がマヌにつき、言葉や知識を与えてくれた。土の国の言葉より先に火の国の言葉を覚えさせたいというティトのわがままを聞いてくれ、マヌは順調に単語を増やしている。字を書いたことも、地図を見たこともないマヌは、白い雪そのものだった。
 特に言葉の吸収は驚異的な速度で、教育係が問うと、「ティトと、はなすから」と笑みを浮かべてこたえたらしい。そのマヌは今、ティトのひざの上に座り、皮つきの果物を懸命にむいていた。
 黄味がかった実が出てくると、嬉しそうに頬張る。最初の頃は等価交換だと考えていたマヌは、使用人達が何か持ってきたり、用意するたびに、体を差し出そうとした。マヌの中で彼は使用人よりも身分が低いらしい。彼はティトと同じく王の客人であると、使用人達が説明しても分かるはずがなかった。
「ティト、いる?」
 実を差し出されて、ティトはマヌの指先から口へ入れた。甘酸っぱい味に目を閉じる。風になびいたマヌの髪に目を開くと、肩あたりまで伸びた髪を布で結ぶマヌの姿があった。マヌの髪は使用人に整えてもらい、少しずつ伸ばしている。うまく結べず、歪んでいる布を取った。
「うしろを向いて」
 滑らかな手触りの布で、髪を結い直す。自分より一歳上だと最近知った。宰相から、十分な栄養が必要だった時期にきちんとした食事や睡眠が取れず、マヌはこれから先もあまり大きくはならないかもしれないと聞いていた。細い首をなでると、くすぐったいらしく、マヌが声を上げて笑った。
 マヌはここが土の国であり、ティトの故郷ではないことを理解している。次の年にまた旅立つことを告げると、泣いて喜んだ。土の国は数ある国の中でも気候が穏やかで美しい。火の国とは食べ物も異なることを教えたが、マヌは、「ティトの国、行きたい」とはっきり返事をした。
「マヌ、俺の国では十三歳で大人と見なされる。来春、国へ帰れば、精霊と契約を結び、俺は親から独立できる。そしたら、おまえと二人、好きなところで暮らせるぞ」
 ひざの上で振り返ったマヌはそのまま体勢を変え、胸元へ抱きついた。
「嬉しいっ」
 遅かれ早かれ分かることだが、マヌにはまだ王族であることを教えていない。教育係にも伏せてもらっている。王族だと知ってマヌの態度が変わることを恐れているわけではない。王族であるにもかかわらず、ジュバーデン地方の領主に性奴隷として扱われたことが公になれば、火の国は水の国と戦になるかもしれない。
 その時、必ずマヌが証人として引き出されるだろう。マヌは事実を知っている。彼の性格からして嘘はつけない。国同士が争うことになれば、水の国出身の彼は捕虜という立場に変わってしまう。
 折を見て、マヌには言い聞かせようと考えている。あの長い冬の間、起きたことは幻想として胸に留め、他言していけないと伝えるつもりだ。つたない単語だったが、彼の生い立ちは聞いていた。彼はこれから幸せにならなければならない。
 ティトは真剣な表情で果物の皮をむいているマヌの頬へ、口づけを落とした。青い瞳がこちらを見る。思いを伝えたことはない。だが、ティトは故郷へ帰ったら、彼を伴侶にしようと思っている。美しく優しい彼は、黄金の髪を風になびかせながらほほ笑んだ。

 季節が変わり、ティトは王様の厚意によりついた護衛達に守られながら、火の国へと出発した。隣にはいつもマヌがおり、足手まといになるまいと必死についてくる姿に、護衛の一人が荷台の上へ乗せた。マヌは歩くと言い張ったが、おまえの足が泥で汚れるのは見たくないと返せば、大人しくなる。
 マヌはティトの言うことをよく聞いてくれた。他言してはいけないことの話に続いて、伴侶にしたいと告げた時、マヌは驚いたりしなかった。
「僕はずっとそのつもりだった」
 そう言ってティトを笑わせた。話を聞いてみると、ジュバーデン地方では、口づけは婚礼の際に初めてするものであり、初めての口づけを奪ったティトはマヌを伴侶にする義務があるらしい。
 土の国から火の国への道程は安全で、護衛達が活躍する場面はなかった。全員が火の国の言葉に堪能で、ティト達は楽しい旅を続けた。景色は緑の多い森から、乾燥地帯へ変わり、やがて火の国の国境が見えてくる。
 ほぼ二年ぶりの故郷だった。

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