きみのくに8 | ナノ





きみのくに8

 土の国には春夏秋冬があり、ティトがたどり着いた時はちょうど春だった。もうすぐ夏に差しかかろうという頃、ようやくマヌが目を覚ました。ティトは土の国の騎士とともに中庭で剣術の訓練を受けていた。彼のことを抱き締めて眠りたいと思っていたが、うろから出すと治癒できないと言われていたため、いつも別々に眠っていた。
 駆けてきた使用人達から、マヌが目覚めたと聞いて、ティトは中庭から客間まで走った。王城は火に国よりも強固で質素な造りだ。だが、隅々まで森の緑が入り込み、壁にはつたが絡みついている。
 客間へ近づくと泣き声が聞こえてきた。マヌの声だ。
「マヌ!」
 扉を開けて中へ進む。使用人達は困惑していた。言葉が通じないため、今の状況を説明できないのだろう。
「マヌ!」
 それはティトも同じだった。マヌの話す言葉は、「ありがとう」くらいしか分からなかった。
 マヌは傷を癒していたとはいえ、ずっとうろの中にいたせいでうまく立てないようだった。四つ這いになりながら、ティトの名を呼び、近づいてくる。ティトはすぐにマヌの体を抱えた。成長期のティトはさらに身長が伸びていた。軽々と彼を抱え、抱き締めてやる。
「マヌ、よかった。本当によかった」
 使用人から、「湯浴みの用意をしましょうか?」と言われ、ティトは頷く。マヌは小さな手で涙を拭っていた。青い瞳は深く、思わず見入るほど美しい。裸だった彼の体へ布を被せ、ティトは湯浴みの準備ができるまでの間に、花の蜜で作られた飲み物を飲ませてやった。青い瞳がきらきらと輝き、くちびるについた残りをなめる。
「花の蜜、おいしいだろう?」
 問いかけると、マヌがこちらを見る。笑いかけると、マヌも笑った。雪に閉ざされた地方では手に入らない食べ物や飲み物が珍しいのか、マヌはティトの腕の中でテーブルの上にあるものを凝視していた。果物もあるが、胃が受けつけないだろうと思い、使用人に擦りおろすよう頼んだ。
「ティト殿」
 宰相がやって来ると、マヌはティトの腕から離れ、額を床へつけた。感謝の言葉を繰り返している。宰相は困惑して、そっとマヌへ触れた。
「私は神様ではありませんよ? さぁ、湯浴みの用意も整いました。衣も準備しておきますから、落ち着いたら謁見の間へいらしてください」
 最後のほうはティトへの言葉だった。ティトは頭を下げ、マヌの体を抱える。出会った時は同じくらいの背丈だったのに、今はティトのほうが大きい。湯浴みのために筒型衣を脱ぎ、マヌを抱え、そっと湯をすくった。
 土の国の湯は故郷の湯より熱くない。だが、マヌにとってはこんな大きな桶に入るのは初めてだろう。そっと肌へ湯をかけると、マヌは瞳を丸くした。早口に何かつぶやいている。それから、自ら手を湯の中へ入れた。薬湯には黄色の花が浮いている。マヌはその花をつかもうとして桶の中へ落ちた。
 ティトが驚いて、湯の中へ体を入れると、マヌが笑い声を上げて顔を出す。
「マヌ、おいで。髪を洗おう」
 中に座り、黄色い花を集め始めるマヌの髪へ、薬草の葉をすり潰したものをつけていく。髪になじむように指先で揉んでいると、マヌがこちらを振り返った。手にたくさんの花を持っている。懸命に何か話してくれるが、水の国の言葉とはまったく共通点がなく、やはり少しも分からなかった。
 色白のマヌの体には無数の傷痕が残っている。壊死しかけていた手や足は、うろの中で治癒されたが、もともとあった痕まで消すことは精霊の力をもってしても難しい。マヌの体を抱いて、湯の中で温める。
 土の国から火の国までの道のりは平坦だが、季節が一つ変わるほどの時間がかかる。そのため、ティトに会いにきたいという母や兄弟達も手紙で我慢している状態だった。マヌの体格から九歳くらいだと予想しているティトは、彼の回復を待ったほうがよいと思った。
「マヌ、少しの間、ここへ滞在して、おまえの体力が戻るのを待とうな?」
 マヌもこちらの言葉が分からないだろうが、ティトが語尾を上げたからか、大きく頷いた。湯から出て体を拭いてやり、用意されていた衣を着せてやる。幼い子どもが着る貫頭衣の裾を、マヌは興味深げにつかんで見つめていた。
「土の国の王は優しい。おまえもきっと気に入られる。おいで」
 まだ足元のおぼつかないマヌを抱えて歩き出す。マヌは甘えるようにティトの首筋へ手を回した。

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