きみのくに7 | ナノ





きみのくに7

 マヌが汚れた血を拭ってくれた。また懸命に何かを語ってくれる。心音が弱い。ティトは彼の体を抱き締めた。
「土の国へ行けば何とかなる。絶対に死なせない。おまえは俺に親切にしてくれた。優しいおまえのことが好きだ。生きてくれ。俺とともに生きてくれ」
 口づけをした。マヌのくちびるは冷たかった。ここが火の国であれば、精霊の加護を受けて、彼のことを回復できたのに、と思う。マヌは嬉しそうに笑い、何かをささやいた。
「マヌ……」
 ティトは火の精霊に祈りを捧げた。マヌの体はいっこうに温かくならない。猶予はない。ティトはマヌを背負い、布を使って自分の背中に固定した。土の国への入口は地中になる。この洞穴の奥で、運がよければ彼らの足跡をたどれるはずだ。ティト自身も体力の限界だったが、一歩一歩、足を進めた。

 意識を取り戻した時、優しい顔をした男を見つけて、ティトは安堵した。土の国への入口は地中になるが、彼らの住まいは森の木の中とされている通り、実際には森に暮らしている。久しぶりに緑の息吹を胸へと吸い込んだ。
「ティト殿、お目覚めですか?」
 ティトは木製の寝台から下りて、ひざをついた。目の前にいるのは何度か会ったことのある土の国の宰相だった。
「感謝いたします」
 水の国の言葉より容易に学べるこの国の言葉を話すと、宰相は首を横に振る。
「火の国の第五王子が倒れていると聞いて、心臓がとまるかと思いました。お父様方が必死に探していらしたことは?」
 ティトは小さく息を吐く。
「闇の精霊と契約している者に襲われました。その後、水の国からさらに奥へ入った、雪ばかりの地方で……奴隷として連れていかれて……、マヌは、もう一人の子は」
 宰相は奥のうろへ視線を移す。マヌの小さな頭が見えた。
「あの子は衰弱が激しく、まだ目覚めていません」
 ティトはまだ本調子ではない体を動かし、うろの中へ手を伸ばす。精霊の加護を受けているうろは、淡い光を放ちながら、マヌの体を癒し続けていた。淡い黄金色の髪は汚れているものの、紅色の頬に口づけを落とせば、彼は小さな手をかすかに動かす。
「ジュバーデン地方の出身ですね。六十八番目の出入口に、彼の住む地方の山がありますが、あの地域はまだ文化が浸透していません。そのため、私たちも深くは立ち入らず、言葉も通じない状態です」
 ティトはマヌの柔らかな髪をなでる。
「あなたのお父様には、あなたがこちらにいることを知らせています。湯浴みの用意もさせましたので、そちらを召した後、どうぞ謁見の間へ。王様もさぞ喜ぶでしょう」
 故郷では湯浴みの際にも、使用人達がすべてをしてくれる。だが、ティトは誰にも触れて欲しくなくて、人払いをした後、一人ですべてを済ませた。草花で調合された薬湯の中で体を温めている間中、マヌが目覚めたら一緒に湯浴みをしたいと思った。薄汚れた鍋に雪を詰め、足だけをつけて温まっていた小さなうしろ姿を思い出す。
 薄い緑の筒型衣を身につけ、用意されていた軽い食事をとる。うろの中ではまだマヌが眠っており、ティトはくちびるへと口づけた後、土の国の王へ会うため、謁見の間へ向かった。

 土の国の王は豪胆な性格をしており、義理深いことでも知られている。彼はティトにジュバーデン地方の領主が殺害され、使用人だった青年が罪人として捜索されていることを教えてくれた。殺害したのは自分だと告げると、聡い王はすぐに頷き、水の国へ使いを出そうと言った。
 マヌが目覚めて、体調が戻るまで、この国へ滞在したいという願いも聞き入れられた。父にはすぐに手紙を書いた。しばらく土の国で世話になることと、この一年、心配させたことを詫びた。
「確認したのですが、やはりジュバーデンの言葉が分かる者はいませんでした。せめて、彼が起きるまでに何か学べないかとも思ったのですが、彼らの言葉は文字がなく、口承のみですね」
 宰相に声をかけられて、ティトは頭を下げる。
「分かりました。こちらが彼の言葉を学ぶのは難しいかもしれないですが、マヌがこちらの言葉を学ぶのは簡単かもしれません。しばらくの間、お世話になります」
「すっかり大人になりましたね」
 ティトが苦笑いすると、宰相はうろの中を見やる。
「あなたを発見した時、彼にはまだ意識がありました。懸命に何かを訴えて、額を土に擦りつけ……その姿に涙を流した者もいました」
 宰相の話に、ティトはうろの中へ手を伸ばした。
「マヌ」
 早く目を開けて欲しい。ティトはマヌの名を呼び続けた。

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