きみのくに6 | ナノ





きみのくに6

 布を切り離しては結び、ティトはマヌの体を背負った。彼が背中から落ちないように布で固定する。マヌの体はとても冷たかった。精霊達の力を得られれば、彼の衰弱を留め、生命力を復活させることができるかもしれないが、ここはティトの知る土地ではない。

 父から水の国の最奥には雪に閉ざされた地方があると聞いていた。世界地図で一度見たことがあるが、そんな遠くまで来ることはないと思っていた。
 アカデミーから故郷である火の国への帰路の途中、山賊に襲われたことがきっかけだった。いつもなら何の問題もなく、蹴散らせるはずが、山賊の中に闇の精霊と契約を結んでいる男がおり、気づいたら拘束され、水の国との国境付近まで運ばれていた。
 ティトはまだ十一歳であり、火の精霊の加護なしでは戦えない。故郷から離れたということは、精霊の力も王族の力も及ばないところに放り出されたということになる。水の国周辺であれば、まだ父の力で探し出せると分かっていたが、奴隷市場で売られた後、暑苦しい格好をした男が山奥へと馬車を進めるのを見て、まずいことになったと思った。
 案の定、雪に閉ざされた地方の山奥に連れてこられて、使用人でもさせられるのかと思えば、性奴隷として扱われた。この地方の領主だという男は、水の国の言葉を話したが、ティトは口を開かなかった。
 自分にした仕打ちを、あとで死ぬほど後悔するだろう。ティトは心の中で火の精霊達へ祈りを捧げた。ティトの父は火の国の王であり、ティトは彼の五番目の息子だった。十三歳になれば火の精霊と契約を結び、国を守る戦士としてしかるべき立場に就く。
 母や兄達もさぞ心配しているだろうと思うと、泣きそうになる夜もあった。ティトの国では雪など降らず、いつも太陽が輝いている。雨季に入ると雨ばかりだが、常緑樹と湿地帯の続く広大な土地は生命があふれていた。
 マヌは小枝みたいな少年だった。柔らかい髪はもつれているものの、火の国では珍しい黄金色の髪だ。そして、水の国の人間の特徴である青い大きな瞳を持っていた。彼も水の国の言葉を話すのかと思ったら、ティトには分からない言葉で話しかけられた。おそらくこの地方の方言だということは分かるが、残念ながらまったく見当がつかない。
 いつも何かしらの期待を込めた瞳で見つめられ、ひどく苛立った。小屋の世話役のようだが、初めて領主の相手をした夜、心身ともにぼろぼろの状態の自分へ、温かな湯で濡れた布切れを差し出してきた。
 あの時のマヌの瞳は、今から考えれば同じ立場だった彼の労わりなのだろうが、彼がどういう経緯であの場所にいたか、どんな目にあってきたか知らなかった当時は、使用人ごときに同情されたとしか思えなかった。
 ティトは一緒の寝床で寝ようとしたり、懸命に話しかけてきたりするマヌが嫌いだった。火の国はどの国よりも発展していると自負できる。だが、街を下れば、知識のない貧困層の人間達が図々しく近寄ってくる。マヌの行動は彼らに似ていた。
 それが勘違いだったと知ったのは、マヌが寝床に食べ物を並べて、うっとりしているのを見た時だ。彼が食べる物を得るために体を差し出したのは明らかで、薄いながらも肌を隠していた衣服を引きちぎった。その浅ましさに腹が立った。だが、今まで隠れていた肌を見て、ティトはようやく自分が大きな勘違いをしていたことに気づいた。
 マヌの肌は首から上の部分しか見えなかった。雪のように白く、時おり、白い息を吐きながら、頬を紅色に染めていた。顔しか見ていなかった。首から下は何をされたか一目で分かるほど傷だらけだった。先ほどできた傷からは、赤い血が流れている。
 使用人なのに、マヌはいつもここにいる。食事はどうしていたのだろう。腐りかけている果物をおいしそうに頬張る彼を見て、ティトはすべてを悟った。領主からもらった服を着せると、彼は何か言って、泣き始める。
 実際の年齢はマヌのほうが一つ歳上だったが、言葉が通じないため、ティトは彼のことを九歳くらいだと見積もった。こんなに幼いのに、この屋敷で使用人以下の扱いを受けている。それでも、自分の世話役として、眠っている間に体を清めてくれていた。ティトはマヌを守りたいと思った。
 マヌは言葉が通じなくても、一生懸命に話をしてくれた。ティトは注意深く聞いて、水の国の言葉から派生した単語がないか確認していたが、残念ながら、マヌの言葉はこの地方独特のものだった。もしかしたら、と思い、水の国の言葉でも話しかけたが、マヌは反応を示さない。唯一、「ありがとう」だけは分かった。彼はよくその言葉を使った。
 領主を殺そうと思ったのは、マヌにひどいことをしていたからだ。寝台から下りて、近くにあったナイフをつかんで、あとは夢中だった。マヌが泣き出すまで、領主を突き刺した。
「大丈夫だ。おまえのことは俺が守る」
 抱き締めてそう言うと、マヌは雪の精霊みたいに窓から落ちた。きらきらと光る雪の上で、「ティト」と名を呼んでくれる。彼が道を示してくれる。ティトはマヌのことを追いかけた。途中で彼は自分のために靴を出してくれた。彼の足や指先のほうがひどい状態なのに、彼は自分を優先する。
 ティトは船で水の国へ連れてこられた。船を使わずに火の国へ戻るには地中にある土の国を通るしかない。土の国は火の国と友好関係にあり、庇護を受けられる可能性が高かった。森林地帯で見つけた洞穴でマヌの体を温める。

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