spleen85 | ナノ





spleen85

 ソファに座る志音の前に立ったら、彼がこちらを見上げた。
「明史」
 腕を広げた志音のほうへ、体を傾けると、そのまま抱き締められる。
「ごめん、なさい」
 自分でも何に対しての謝罪か、分からなくなる。ソファに腰を下ろし、志音の足の間に挟まるような状態で、明史は彼の胸へ顔を当てた。背中に回った手が、ゆっくりとさすってくれる。
「おまえが謝る理由なんか、一つもねぇだろ?」
 志音はどさりと体を倒した。明史の体もつられて横に倒れる。心臓の音がよく聞こえた。明史は目を閉じて、口を開く。
「嘘、ついてるから」
「統史さんにか?」
「お兄ちゃんは、もう一人の俺しか知らない。人見知りしない、明るい俺は、今、学年一の人気者と付き合ってる設定なんだ」
 背中をなでている手が止まる。
「嘘じゃないだろう? 俺はおまえが好きで、おまえも少しは俺のこと気に入ってる。俺の定義ではもう付き合ってる範ちゅうに入る」
 志音の定義は広いと思い、明史はほんの少し口元を緩める。
「キスもしてるからな」
 体を起こした志音が額にキスを落とした。そのまま、くちびるも奪われる。いつものような軽いキスだった。たったこれだけのことで恋人扱いされるなら、今まで自分がしてきた行為は何だったのだろう。
「俺は……」
 明史は志音の腕に触れた。くちびるを結んで、彼の瞳を見つめた。
「志音、し、新車と……」
 胸が苦しくなる。スクラップ寸前の車なんて、絶対にいらない。自分がうなされ、泣いていると教えてくれた志音は、きっと様子を見るために夜中に起きている。隣で眠ることを許さない自分に、キス以上の行為をさせない自分に、彼はこんなにも我慢強く接してくれる。
「傷なんかない、まだ誰も乗ってない、新車と、もうすぐ廃車になる中古車なら、どっちを選ぶ?」
「明史」
 志音が体を引き寄せた。こたえを待っていると、志音はもう一度、「明史」と言った。もしかして、自分を選ぶ、という意味なのかと思い、彼を見つめる。
「そうだ。おまえを選ぶ。誰に何を言われたのかは知らねぇけど、人を車にたとえるなんてばかげてる」
「でも、俺は」
 志音の予想外のこたえを嬉しく思いながらも、明史は自分がすでに汚れていると主張しようとした。
「明史、車に乗る目的は?」
「え……どこかに向かう?」
「そうだ。車を使ってどこかに向かう。なるべく乗り心地がいい車が欲しいって思う。じゃあ、人は? 何で人は人を選ぶか分かるか?」
 明史は小さく首を横に振る。志音の指先が頬をなでていった。
「もし、おまえが今までの経験を全部リセットさせて、まっさらな状態で俺と会っても、俺はおまえに魅かれない。今までの経験が大友明史を形成してる。俺は、今のおまえが好きだ。人は、人と分かち合いたいから、人を選ぶんだ」
 志音が愛しいものを見つめる視線を、こちらへ向けた。瞳だけで好きだという気持ちが伝わってくる。
「一緒にメシ食ったら、どんな顔をするのか、一緒に月を見上げたら、何て言うのか、おまえが何をどう感じているのか、知りたい。俺が感じていることも分かち合いたい。もっと、知りたい。もっと……好きになりたい」
 目を閉じた志音の顔が近づく。明史も目を閉じて、優しいキスを受け入れた。

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