spleen84 | ナノ





spleen84

 ケータイを切った後、明史はテーブルに映し出されたキーボードを叩いて、P2Pシステムにログインする。兄の名前に触れるとすぐに出てくれた。画面上に兄が映し出される。
「あ、お疲れさま」
「ありがとう。明史、夏休みだな? 元気にやってるか?」
「うん、大丈夫」
 大丈夫、と言い終わった時、左の肩に志音の手が置かれた。右を振り返ると、エプロンを外した志音が、隣に座る。
「はじめまして。若宮志音です」
 左肩から移動した手は明史の右手を握った。兄から見えているのに、と明史は友達として紹介するのか、恋人として紹介するのか迷う。だが、すぐに自分が連ねた嘘を思い出した。
 自分達は付き合っていることになっている。志音には何も言っていないが、握った手を見ると、彼はほほ笑んだ。
「あぁ、君が」
 兄は目を細めてこちらを見ている。
「統史です。いつも弟がお世話になっています」
 明史は何だか恥ずかしくなり、うつむいた。志音と兄が軽い世間話をしている間、明史は、兄に嘘がばれるのではないかとあせった。
「そうか……今年も来ないって聞いたから、よっぽど学園生活が楽しいんだろうって思ってたよ」
「え、あ、うん」
「来週、父さん達が来るんだ。冬には帰るから、一緒に買い物に行こうな?」
 明史はかろうじて頷く。また両親だけで兄のところへ行く。毎回のことなのに、ショックを受けている。
 通話が終わった後も、明史はパネルを見つめ続けた。右手を握っていた志音が、そっと頬に触れてくる。
「ありがとう……俺の嘘、に付き合って、くれて」
 瞬きをすると、新しい涙が頬をつたう。
「…おれのぶん、ない」
 言ってはいけないと思うのに、言葉があふれた。
「おとう、さんも、おかあさ、んも、おれのこと、いらない」
 喉の奥が詰まる。同じことの繰り返しだ。あの時も似たようなことを言った。
 黒岩は優しく抱き締めた。いつもみたいに、「大丈夫、おまえはおまえだ」と諭してくれると思っていた。寂しいか、と聞かれて頷いた。体を押し倒されて、満たしてやると言われた。志音が握っていた手を離して、抱き締めようと腕を広げる。明史はソファから転がるように立ち上がり、玄関のほうへ駆けた。
「明史!」
 ロックは簡単なはずだが、錯乱状態の明史には開けられなかった。明史は追ってくる志音の影に怯える。
「た、たすけっ、やだ、もう、したくないっ、したくない!」
 嘘つき、と言われた。あんなふうに喘いで、自分から腰を振っていた、と笑われた。薄暗い部室棟の中で、ナイフの刃先が明史の衣服を引き裂いていく。
「ご、め……い、ごめ、さ……」
 謝罪の言葉を続ける。目の前にいた志音は何も言わず、その場を去った。だが、すぐに戻ってきて、薄手の大判タオルを体にかけてくれる。
「明史、落ち着いたら、こっちに来い。待ってる」
 明史はしばらく玄関先に座り込み、泣き続けた。廊下はまっすぐにリビングダイニングに伸びており、ソファへ腰かけている志音が見える。触れたら、怖がるから、わざと離れているのだと分かった。
「しおん」
 明史は肩にかかっていたタオルを握り、立ち上がる。自分から志音のもとまで行くべきだ。彼は何があっても自分のそばにいると言った。その約束は破られていない。待っていると言った彼のもとへ、明史は歩みを進める。

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