spleen83 | ナノ





spleen83

 志音と明史は一週間、屋敷で過ごし、その後は志音の言葉通り、土田にあるマンションへ移動した。彼の兄家族とは会わなかったが、夏休み中にもう一度、食事会をすると言われた。
 明史は目の前にある緑を眺めていた。タワーマンションの最上階の部屋には、リビングダイニングの中央に円形の庭園がある。室内で育てやすい植物が並んでいるだけだ、と志音は言っていたが、明史には庭に見える。
 鮮やかな緑からキッチンに立っている志音へ視線を移した。彼は夕食の準備をしている。意外なことに、ここへ移動してからは、彼が毎度の食事を作ってくれる。
 祖父母はもう高齢のため、使用人達がいるが、両親も兄家族も基本的に料理は自分達で作ると聞いた。志音はまだ凝った料理は作れないと言うものの、まったく料理しない明史には、尊敬に値することだ。
 出かける日もあれば、一日中、部屋にいる日もあり、宿題をしたり、映画を見たりしながら、明史はずっと志音と過ごしている。
 エプロンを身につけた志音は、ミンチをこねていた。煮込みハンバーグを作るらしい。明史がカウンターに座ると、彼がほほ笑む。うぬぼれはよくないと思う。だが、志音が見せる笑みは、学園で見せる愛想笑いとは違う。
 ぎこちないとは思うが、明史も精一杯の笑みを浮かべた。
「一つはチーズ入りにするな」
 頷くと、志音はミンチの中にチーズを入れて、形を整える。彼と付き合いたい人間はたくさんいるだろう。自分がここにいることが信じられない。明史は彼の手元を見つめる。
 ベッドで眠る時はずっと別々に寝ている。隣にいるのは志音だと分かっていても、無防備な状態の時に、誰かが隣にいると思うだけで眠れなくなるからだ。
 志音は軽いキス以上の行為を絶対にしない。彼が性的な欲求を一人で処理していることには気づいていた。
「志音」
「ん?」
 形を整えたミンチをバットに並べた後、志音は手を洗う。ありがとう、と言いたいのに、言葉が出てこなかった。
「俺、今度、ケーキ焼いてみていい?」
 感謝の言葉のかわりに、思いついたことを言うと、志音は嬉しそうに頷く。彼の笑顔は甘い毒だ。じわじわと明史の心の奥まで入ってきて、もっと見たいと貪欲になる。どうして彼のような完璧な人間が、自分のようなつまらない人間を好きだと言うのか、いまだに分からない。それでも、毎日優しく見つめられ、触れられ、キスを受ければ、明史の心はその場所を彼にゆずっていく。
 まだ十四時過ぎだが、志音はハンバーグを焼き始める。鍋の中にはケチャップやソースを混ぜたソースが見えた。焼き終わったハンバーグを中に入れて、彼は火を弱める。
 リビングダイニングのテーブルの上でケータイが鳴った。ディスプレイは兄からの着信を知らせている。
「もしもし?」
 ニューヨークはまだ前日の二十三時過ぎだ。仕事も終わり一息ついたという兄の言葉に、明史は、「お疲れさま」と声をかける。
「今、何してる?」
 明史はキッチンにいる志音を見た。彼の口が、「誰?」と動く。
「お兄ちゃん」
「何だ?」
 志音にこたえたつもりだったが、兄が反応する。
「あ、えと」
「パネル使えよ」
 キッチンから出てきた志音が、テーブル上にパネルを出して、受話器のマークを押した。
「誰かと一緒なのか?」
「うん。ログインするから電話していい?」
「分かった」

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