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 明史の家も高級住宅街と呼ばれる地域にあるが、志音の実家はそれをはるかに上回っていた。
 学園まで迎えにきた高級車に乗せてもらった後、車内では志音がジュースを入れてくれた。二時間はかかるから、と言われて、靴を脱ぎ、足を伸ばすようにすすめられたため、言われた通りにする。そのうち、うたた寝を始めると、志音がひざを貸してくれた。
 着いた、と起こされた時、慌てて起き上がり、靴を履きながら窓の外を見た。門扉からはそう離れていないように見えたが、それでも、歩いてここまでたどり着くのは難しそうだ。門扉にはガードマンの姿もあった。
 明史が座っている側には庭園が広がり、石の装飾に囲まれた池が見える。扉が開いたため、外へ足を出すと、すぐに志音が手を差し出した。遠くのほうでセミの声が聞こえる。
「裏庭に多いんだ。うしろの山道と途中からつながってるせいか、けっこう虫、いるけど、中は快適だから」
 日射しが強いから、早く入ろうと手を引かれる。石段になっている玄関までの階段は右手側がスロープになっていた。その玄関前にもガードマンがおり、志音と明史の姿を認めると会釈をしてくる。
「志音」
 玄関へ入る前に、立ち止まった。断る暇もなく、ここまで来てしまったものの、家を見て実感した。あまりにも違い過ぎる。学園の中では感じることのない気持ちが、明史を不安にさせた。
 明史の両親も社交界に出入りすることはある。特に母親はその仕事柄、多くの著名人達と知り合いだった。だが、明史自身は一度もそういった場に呼ばれたことがない。この後、志音の家族と知り合いになれば、自分のせいで彼らにも不利益が生じるかもしれない。
 明史がここで居場所を作ることができないと気おくれする様子に、志音はほほ笑んだ。
「明史、忘れたのか? おまえが家を捨てろって言うなら、捨ててもいい。それくらい、おまえに惚れてる。入ってくれ。俺のことももっと知って欲しい」
 指紋認証で開いた扉から、玄関ホールへ一歩踏み出す。左手側から明るい外の光が差し込んでいた。右手には二階へ続く階段が見える。
「おかえりなさいませ」
 すぐに出迎えたのは、初老の男性だった。世話役の伊坂(イサカ)だと紹介され、明史は頭を下げる。
「志音様の大切なお方だとうかがっております。その旨、屋敷内の使用人達にも伝えてありますので、何かお困りの際には、ご遠慮なく、お声をかけてくださればと思います」
 本当は大広間へ行くつもりだったが、明史が緊張しているから、先に部屋へ行く、と志音は手を取って、二階へ続く階段を上がる。隅々まで美しく磨き上げられた階段へ視線を落とし、明史は自分が靴を履いたままであることに気づいた。志音はいつの間にか、部屋履きの靴へ替えていた。
「志音、靴、脱がなきゃ」
「靴? あぁ、そのままでいい。あとで歩きやすい靴、用意させる」
 家の広さを知れば、二階にいくつも部屋があるのは分かる。だが、自分が家の中のどのあたりにいるのかまでは把握できなかった。志音に手を引かれるまま、ある部屋の中に入る。
「ここ、俺の部屋」
 志音の部屋には壁一面を使ったウォークインクローゼットがあった。部屋はホワイトとブラウンの家具で統一されており、高校生の部屋にしては上品だ。大画面パネルの前にあるテーブルには、甘そうな菓子類が並んでいた。明史が笑うと、志音は口元を緩めて、個別包装されているフィナンシェを手にした。
「俺の好物だ。口、開けろ」
 明史は恥ずかしかったが、ここには志音しかいないため、小さく口を開いた。志音は半分を自ら食べて、もう半分を口へ入れてくれる。柔らかくて甘い。
「どうして泣いてるのか、聞いてもいいか?」

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