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「先生達から詳細を聞いてたのか?」
 明史が頷くと、志音は小さく息を吐く。
「おまえに訴える気があるなら、警察へ引き渡す。そこから生じる可能性があるおまえの不利益は、すべて俺が排除する。だから、もし訴えるなら、俺は反対しない。むしろ、黒岩には法の裁きを受けさせるべきだと思ってる」
 明史は志音がそんなふうに考えているとは知らなかった。だが、それでも黒岩にはもう会いたくない。それに、もし訴えるとなると、両親や兄を巻き込むことになる。今回の件もすでに両親へは伝えられているはずだ。教師達がそのことについて何も言わないのは、この間のように、「学園側に任せる」と返ってきたからだろう。
 両親のことを考えると、胸のあたりがぎゅっと痛んだ。明史は冷静に自分を分析していた。家に居場所がないから、こんな騒動になってもまだ、この学園にいたいと思っている。ここなら、いい意味でも悪い意味でも、存在を無視されることはない。
 敢然とした瞳でこちらを見ている志音の言葉を聞くと、明史は立ち向かうための強さを手に入れた気分になった。ソファに置いていたケータイが通知を知らせる。ケータイを触って、転送メールを開くと、兄からだった。中傷メールではないか、と心配する水川達へ、「兄からのメールです」と教える。
 明史は内容を流し読みしてから、志音を見つめ返した。
「志音、俺は、訴えない」
 兄は何も知らない。明史は明るく元気に学園生活を楽しんでいると思っている。その嘘を壊したくなかった。
「分かった」
 志音はネクタイを締め直す。
「先生、理事長には俺が話をしに行ってもいいですか?」
 明史の担任へ声をかけて、志音が立ち上がる。担任は、「一緒に行くよ」と言った。
「もう少しだけ、ここで待ってろ。それと、証拠のオリジナルデータは、おまえが訴えると言った時のために残してた。でも、訴えないなら、処分する。それでいいか?」
 自分が渡されていた物がコピーだったと知り、明史は少なからずショックを受けたものの、志音の言葉に頷く。
「あ、な、中身、見た?」
 聞くつもりではなかったのに、保健室を出ようとする志音の背中に問いかけてしまった。水川と担任はすでに廊下へ出たが、志音は戻ってきてくれる。志音は彼のブレザーを握り締め、突っ立ったままの明史をそっと抱き締めた。
「俺と水川先生が確認した。人を殺したいと思ったのは初めてだ」
 強張っていく体の耳元で、志音の低い声が響く。
「もっと早くに気づけばよかった。おまえには俺の頬を何度だって殴る権利がある」
 明史はにじむ視界の中で、首を横に振った。
「俺のために耐えたんだろう? 今度は俺が頑張る番だ。明史、おまえは何も心配しなくていい」
 志音は少し屈んでいた姿勢をただすと、親指の腹で優しく涙を拭ってくれた。それから、くちびるにキスを落とす。
「里塚先生、すぐ戻るから、明史のことよろしく」
 志音の手が髪をなでてから、離れていく。扉が閉まった後も、明史はその場に立ったままでいた。
「若宮君てさ、人に指示出すの慣れてるよね?」
 志音への嫌味だと分かったが、つい、「すみません」と言ってしまった。明史はまるで自分が志音の恋人みたいだと思い、頬を染める。
「まぁ、ああいう俺様タイプは、恋人には優しいし、事実、大友君にはすごく甘いよね」
「あ、先生、あの、俺達、べ、つに、まだ……」
 恋人同士ではない、と言おうとして、明史は口を閉じた。たとえほんのひと時でも、直と航也のようなカップルに見られたら、嬉しいと思う。もちろん、誰もが憧れるカップルなんて、自分が相手の時点で無理だと、明史は苦笑しながらソファへ座った。

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