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spleen74

「謝らなくていい。おまえにプレゼントできる理由が増えただけだ」
 優しい言い方に、明史の視界がにじむ。
「今日はここでゆっくり休め。夏休みも心配しなくていい」
 夏休みの話に顔を上げると、志音は笑う。
「一人にしないって言っただろ? 夏休みもそばにいる」
 登校時間になり、志音を見送った明史は、彼に言われた通り、部屋から出なかった。再びベッドへ横になり、先ほどまで気づかなかった香りに気づく。ベッドからは志音の身につけている香水の香りがした。目を閉じて、深呼吸する。
 夏休みは一緒にいてくれると言った。黒岩の部屋へ行かなくていい夏休みだ。明史は安堵している半面、昨日流れていた映像のことを思うと気持ちが沈んだ。志音は何も言わなかったが、彼もあの映像を見たに違いない。
 パネルは通常通り立ち上がっているものの、朝、最初に立ち上げた時には、強制終了後に出る画面遷移が表示されていた。あの映像は高等部の校舎内と寮内にあるパネルすべてで流れたに違いない。
 あんな痴態を見てもまだそばにいてくれる志音に、明史は心から感謝していた。もし、朝、目が覚めた時、一人で自分の部屋に寝ていたら、明史は絶望していただろうと思う。色々と考えたいことはあったが、明史はしばらくすると、小さな寝息を立てて眠った。

「寝てるからダメだ」
 志音の声に目を開くと、扉のところで誰かと話をしている彼の姿が見えた。窓の外は茜色に染まっている。
「志音?」
 ベッドから起き上がると、志音の向こうにいた将一が顔を出した。
「明史」 
 将一の声には温もりがあった。彼は志音の脇を抜けて、ベッドまで駆けてくる。
「よかった。本当によかった」
 涙声になった将一は、泣き笑いの表情で、明史に袋を差し出す。
「フルーツタルト」
 明史はほんの少し笑った。光穂あたりから、自分の好物が漏れているのだろうか。
「ありがとう」
 将一はなぜか泣きながら、部屋から持ってきて欲しいものがあれば、ここへ運んでくれると言った。自分で行くと言いたいところだが、志音を見ると、「甘えておけ」と言われたため、明史はカードを渡した。
「そういえば、俺のケータイ、知らない?」
「壊れてたから、水川先生が持っていった」
 明史は志音の言葉に納得した。一度、部屋へ衣服を取りにいってくれた将一から、荷物を受け取ると、志音が制服を着替え始める。制服シャツの下に隠れていた均整のとれた体を見て、明史は視線をそらす。背中しか見えないが、見ているのは恥ずかしかった。
「昼、寝てたから起こさなかったけど、里塚先生も来てたんだ」
「うん」
 着替え終わった志音が、ベッドに座り、顔に手を伸ばしてくる。頬をなでられた後、その手が頭へ移動した。
「里塚先生の友達で病院の先生が往診してくれて、その薬、置いてった」
 枕元には軟膏が置いてある。どこに塗るものか分かり、明史はとっさに手の中へ隠した。志音は特に気にする様子もなく、「明日、終業式だけど」と話を続ける。
「明日も休んでいいって。俺、明後日の朝から実家に帰るから、おまえも来いよ」
「え?」
 志音の実家といえば当然、若宮財閥だ。学園内がどれほどの騒ぎになっていたか分からないが、黒岩だけではなく、自分も処分を受けるだろう。最悪、退学になるかもしれない。そんな自分が志音の実家へ行くなんてありえない。
「おまえの家に行ってもいいけど」
 志音からの提案に、明史は首を横に振る。
「先生、昨日のこと、親に知らせたかな……?」
 ブランケットを握り締めると、志音の手が重なった。

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