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spleen71 志音×明史

 ベッドに座り、ニットベストを脱いで、左うしろを確認すると、確かに穴があった。その穴を触りながら、明史は里塚からの質問を思い出す。
 合意だと言っても里塚は信じていないようだった。どうして信じてくれないのか、と問うと、信じていないわけではないと返ってきた。
 明史は立ち上がり、部屋を出て、洗面台の鏡を見つめる。里塚は明史の表情が違うと言った。黒岩に恋をしている表情ではないと指摘した。
 恋をしている表情とはどんな表情なのだろう。日溜まりの庭を思い浮かべたいのに、目の前が真っ黒になる。男達に命じられるまま、卑猥な言葉でねだった自分の声が響く。
 里塚との話が終わった頃、志音が迎えにきてくれた。いつものように何も聞かずに、だが、左腕の擦り傷に苦々しい顔を見せた。一緒に夕飯を食べ、今夜は泊まろうか、と聞かれた。明史は頷かなかった。
 鏡の中の自分は、ごはんがまずくなる顔をしていた。むしょうに志音の顔が見たいと思う。部屋を出て、三階まで上がり、パネルから呼び出しを押下する。なかなか出てこない。何度か押していると、ようやく志音が開けてくれた。
「……明史」
 眠そうな声で志音が名前を呼ぶ。彼は目を擦った後、中へ入れてくれた。部屋は間接照明だけがついている。明史はラグの上に座った。
「っと……どうした?」
 ガラステーブルを床へ移動させた志音が、足の間へ抱き寄せてくれる。明史はニットベストを手にしたまま、志音を見上げた。
「まだ制服か」
 志音は立ち上がり、クローゼットからTシャツを取り出す。
「着替えろ」
 扉の外へ出ていく志音を見送り、明史は制服のズボンとシャツを着替える。扉を開けて、共有スペースでミネラルウォーターを飲んでいる志音を見つめた。彼がグラスを差し出す。明史はほんの一口飲んで、グラスを返した。
「それ、お気に入りだったのか?」
「うん」
 部屋に戻ると、明史が手にしていたニットベストを志音が広げた。
「明史、今週末、一緒に買い物、行こう」
 語尾を上げず、決定事項のように告げた志音が、きれいにベストをたたむ。それを受け取って胸に抱くと、志音が笑った。
 大きな手が頭をなでた後、髪の間をすり抜け、頬をくすぐる。ベッドへ転がるように言われ、明史はまだ温かいベッドへ入る。志音が薄いブランケットをかけてきた。
 その温もりによってようやく、自分が志音を起こしたことに気づいた。壁にかかっている小さな電光パネルを見て、謝罪の言葉が出る。
「謝らなくていい。眠れなくて、最初に俺を頼ったんだろ? すごく嬉しい」
 志音は目を細めて笑う。
「眠るまでここにいる。目、閉じろ」
 素直に従うと、左頬にキスが与えられた。志音の名前を心の中で呼ぶ。明史は胸がいっぱいになり、涙が頬から耳へ流れていくのを感じた。

 期末試験の少し前だった。校長からの呼び出しメールに、明史は校長室へと向かった。校長は苦手だ。理事長もいたらいいのに、と考えたが、その場合は理事長室へ呼ばれるはずだ。
 呼び出しは黒岩との関係が合意だったのかという確認だった。うんざりするほど聞かれてきたことだ。校長の嫌味で攻撃されながら、また同じ回答を口から発する。明史は途中で笑ってしまった。合意ではなかったと言ったところで、困るのは自分だ。
 両親からは何の連絡もない。当たり前のことなのに、受け入れられなくなってきている。暴行を受けた。教師と付き合っていた。それでも、両親からは叱りつける言葉すらない。
 部屋へ戻った明史は、兄からのメールに返事を打った。志音と付き合い始めたと嘘をついている。兄の帰る年末までに別れたとメールすれば、作り上げた虚構の自分が破綻することはないと考えた。

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