spleen59 | ナノ





spleen59

 目の下に触れる志音の指が心地よくて、明史は目を閉じる。思い返すと、風邪を引いて寝込んだ時は、兄がこうしてそばに付き添ってくれた。兄以外の人間に、こんなふうに触れてもらうのは初めてだった。
「明史、全然大丈夫じゃない顔してる」
 そう言われて、目を開くと、志音がくちびるを重ねてきた。温かく柔らかいくちびるの感触に目を閉じる。たったそれだけのことで、自分が浄化されていくような気持ちになった。
「とりあえず、昼まで眠れ」
「俺に、聞きたいことあるんじゃないの?」
 志音は苦々しく笑う。
「ある。いっぱいある。けど、おまえ、今は寝てろ」
 右の頬を指先でかいた志音は、毛布をかけ直した。それが照れ隠しに見えて、明史はそわそわした気分になる。
「何で聞かないの? 何で先生にあんなこと言ったの?」
 こたえを聞かなくても知っている。志音は明史のことが好きだ。いつまで好きでいてくれるのかは分からないが、それまで、「好きだ」と言って欲しかった。
「かっこつけてるだけ」
「え?」
 志音にしては小さな声だった。明史が聞き返すと、彼が溜息をつく。
「おまえの前でいい男を演じてるだけだ。俺は、話したくなさそうにしてるのに、がっついて無理やり聞き出すような男じゃねぇけど……だけど、ほんとは、家の力を使ってもいいって思ってる」
 志音の手が明史の手を握った。
「おまえが助けを必要としてて、俺だけの力じゃどうにもならないなら、俺は若宮の力を使ったっていいと思ってる。それで、おまえが笑っていられるなら、どんな力だって使う。逆に、おまえが若宮を捨てろって言うなら、捨ててもいいって思ってる。すごく好きなんだ。おまえの言葉や仕草で一喜一憂してる」
 学年でいちばん人気があり、大人びている志音の等身大の言葉に、明史は驚いていた。自分のような人間を好きだなんて、と思うと同時に、顔へ触れる。顔はきっかけに過ぎないと言われていた。それでも、もし志音が、自分のことを取るに足らない、つまらない人間だと思えば、そんな気持ちはすぐに消えてしまうだろう。
「じゃ、あ、若宮のグループ会社に就職できるようにして」
「分かった」
 若宮の名前を出せば、嫌がるかと思ったが、志音は難なく頷く。
「服が欲しい」
「一緒に買い物に行けるな」
「……パートナーになるための指輪も」
「もちろんだ」
 もっと嫌なことを言わなければ、と明史は必死に考えた。
「大学受験に失敗したら、お金で何とかしてくれる?」
「あぁ、何とかする」
「できないよ。そんなこと、できないくせに」
 明史がくちびるを結ぶと、志音は目尻を濡らし始めた涙を拭ってくれた。
「できるさ。おまえがやれって言うなら、絶対にしてみせる」
「俺……黒岩先生と寝てたんだよ」
「それは知ってる。汚いとは思ってない」
 毛布の下で、明史は拳を握った。
「ほんと、に、内申、上げて欲しかったからだとしても? せんせ、に取り入ったら、点数、よくなるから、だから、寝たって言っても?」
 にじんだ視界の前に、ハンカチが差し出された。
「俺に嫌われたくて言ってるなら、効果ないぞ。おまえが、実はすげぇ腹黒くて、俺の財産目当てだって言われても、嫌悪感はわいてこない」
 頬をつたう涙が、ハンカチに吸われていく前に落ちた。

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