spleen58 | ナノ





spleen58

 自分と歩いているせいで、志音まで変な目で見られているのではないかと怯えてしまう。どこまでついて来るのだろう、と思っていると、廊下の角から黒岩が現れた。明史は志音の腕を払ったが、志音は頑ななまでに、明史の体を抱き寄せた。
「ひどいな、明史。先生がイギリスに飛ばされるから、もうお役ごめんか? 若宮の財力があれば、希望の大学に行けなくても将来安泰だからか?」
 黒岩がよく通る声で言った。ふざけた口調だったが、瞳は真剣であり、土曜に撮影されていた映像の存在を忘れているのか、と語りかけてくる。明史はこたえに窮しながらも、志音に若宮の財力が目当てだと思わせればいいと考えた。
「そうだよ。若宮財閥の息子だからね。でも、先生、これまで奉仕した分はちゃんと内申に反映させてから行ってよ」
 志音のことを見上げられない。震える声を隠すために、軽い口調で言った。黒岩が蔑んだ瞳で、明史を見て笑う。志音はまだ明史の肩を抱いたままだ。明史は逃れるように、黒岩のほうへ一歩踏み出した。
「先生」
 憤りを抑えた声で志音が黒岩へ話しかけた。彼は明史の体をしっかりと腕の中に抱き締めたまま、後頭部を胸元へ押さえつける。
「俺が完璧だからって妬むのはやめてください。もう明史とは別れたんですよね?」
「あぁ」
 志音の手が髪をなでた。明史は彼の香りを吸い込みながら、黒岩からは死角になる左手でそっと彼の背中側のシャツを握る。握った後に放して、また握った。
「それなら、明史への侮辱は今後、俺への侮辱と同等です」
「明史」
 志音の言葉を素直に喜べるわけがない。明史は黒岩に名前を呼ばれただけで、彼が不機嫌だと分かった。あの映像を流されたら、と思い、明史はシャツを放して、その腕から脱出を試みる。
 チャイムが鳴り始める。十分間の休憩が終わった。黒岩が足早に職員室へと駆けていく。明史は腕を動かして、志音の胸を押した。
「顔、上げろ」
 志音の指先が顎をつかみ、そのまま押し上げられる。明史は歯を食いしばった。泣いてはいない。ただ静かにブラウンの瞳を見返す。
「……サボる」
 志音はそう言うと、明史の腕を引いた。
「な、ダメだよ、サボれない」
 思わず口を開くと、志音はようやく話したと言いたげに笑った。授業の進行が速いため、理由のない欠席や遅刻は許されない。階段を下りて向かう先に気づいた明史に、志音が振り返る。
「正式にサボれば問題ない」
 カードをかざして中へ入った志音に、棚の整理をしていた里塚がすぐ気づいた。
「若宮君、と大友君? どうしたの? ケガ?」
 里塚は心配して、明史の顔をのぞき込む。
「先生、明史、よく眠れてないみたいだから、少し、休ませていい? 俺、付き添い。これ、カード。明史も出せ」
 志音の態度に里塚は一瞬、まぬけな表情を見せたが、その後すぐに笑い始めた。
「若宮君、まだ片手で足りるくらいしか会ってないのに、よくそんな堂々とサボり連絡入れろなんて言えるね、まったく。まぁ、でも、大友君の顔色が悪いのは事実だから、いいけど」
 保健室には明史達以外には誰もおらず、明史は奥のベッドへ寝かされた。
「あ、先生、青野のアドレス分かる? じゃあ、青野にも俺達がここにいるってメールしておいてくれると助かる」
「はいはい」
 薄手の毛布だけをかけてくれた志音は、長袖の制服シャツを着ている明史に、「寒くないか?」と尋ねてきた。明史が首を横に振ると、指先で目元をなでてくる。
「若宮君、職員室にいるから、何かあったら内線してくれる? それと、この部屋で悪さはしないでね」
「はい」
 志音はベッドのそばにあった椅子を引き寄せた。

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