spleen56 | ナノ





spleen56

 メモリーカード五枚分の記録を破棄した後、明史は長袖のシャツを着た。これからの時期は半袖シャツを着ていても問題ないが、ナイフの切傷が腕にもあったため、長袖を選んだ。
 メモリーカードの中には、十四歳の時からこれまでの記録が残されていた。すべてを見ていないが、忌まわしいものが消えたことに、明史は少しだけ安堵した。もっとも、記録は消えても記憶は残る。
 三人の男達と乱交しているようにしか見えない映像は、まだ黒岩の手にあった。あんなものを公開されたら、明史一人だけの犠牲で済む範囲を超えてしまう。明史は固くくちびるを結んだ。
 今週は風紀委員の朝当番からも外れているため、通常通りの時間に登校する。部屋では会わなかったが、教室にはすでに将一がいた。寮を出た瞬間から感じていた冷たい雰囲気は、教室内でも感じている。
 見当はすぐについた。黒岩との関係が明るみに出ているのだろう。
「大友、おはよう」
 将一が笑みを浮かべた。明史はそれにこたえず、うつむく。
「大友?」
「感じ悪過ぎ」
 聞こえてきた悪口は聞き慣れたものだ。明史は淡いグリーンからブルーへと変化していくパネルのキーボードを見つめた。志音からのメールも着信も拒否している。HR開始まで五分あった。
「明史」
 心地のよい低い声にも顔を上げない。
「明史」
 志音がためらうことなくしゃがみ込んで、明史の表情を確認しようとした。クラスメート達が口々に、明史のことを否定する。
「やめろよ、そいつ、黒岩と寝てんだぜ? 気持ち悪ぃ」
「どうせ内申のためだ。風紀委員のくせに、自分は不正行為かよ」
 明史は何を言われても、反応しなかった。
「黒岩もかわいそー。そいつのせいで、国外に飛ばされるんだって」
「ちょっときれいな顔して、誰でも誑かせると思ってんじゃねぇ?」
「おい!」
 志音が突然、立ち上がって大きな声を出した。
「ちょっときれいじゃないだろ。明史はすげぇきれいだ」
 思わず顔を上げそうになったが、明史は目を閉じてやり過ごす。志音も水川達と同じだ。助ける、と言って、本当に助けが必要な時は来てくれない。もちろん、それが自分にとって都合よく解釈しただけの話だと分かっている。
 だが、黒岩から、婚約を破棄されたことに起因する孤独や裏切られた悲しみを味わえと言われた時、自分を兄の代わりにしたと知らされた時、明史の中には元に戻せないほどの大きなひずみができた。
「それと、謹慎処分を受けた奴らも、明史を傷つけてもいいと思ってる奴らも、今度、明史に手を出したら、俺が直接、相手するって覚えとけ。青野」
「え、は、はい」
 将一が慌てて返事をした。
「昼休み、十一時半からか?」
「うん」
「明史のこと、食堂に連れてきてくれ」
 志音はもう一度しゃがみ込んで、右手の背でそっと明史の頬をなでた。彼は明史の前髪を耳のほうへ流し、耳元でささやく。
「好きだ、明史。また後でな」
 週末前とは異なる態度で接している明史に、志音は何があったか問い詰めたりはしなかった。苦しくなる。自分は志音から、目に留めてもらえるような人間ではないと思った。
 何か決定的な方法を考えなければならない。志音が自分に愛想をつかすような、最悪なことを考えなければならない。明史はぎゅっと拳を握った。

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