spleen54 | ナノ





spleen54

 目の前のパネルを見つめる。視界はぼやけて、涙が頬をつたった。明るく歩むどころか、歩くことさえままならない状態だった。隣に座った黒岩が声を立てて笑う。
「今年の授業参観も来なかったな?」
 耳をふさぎ、ソファの上で丸くなる。熱い息が漏れた。体中が熱い。ジーンズの間はふくらんでいた。明史は黒岩を睨みつける。
「そんな瞳をしたって無駄だ」
 おかしな薬を盛られるのは、今回が初めてではない。明史はソファから立ち上がる際にバランスを崩した。黒岩の手が腕をつかんでくる。
「っや、はなせっ」
 明史は体をひねって抵抗した。
「おまえは誰からも愛されない。思い出せ、どうして俺の部屋まで来たんだ? 寂しいからだろ? おまえの両親はおまえだけを置いて、兄貴のいるアメリカへ行った。仕事が忙しいから、学園側の処分に任せる? そうだ、あの文面を見せてやる」
 薄型のパネルを取り出すために、黒岩が腕を放した。明史はその隙に玄関のほうへ逃げる。
「ほら、見ろよ」
 明史は見ないように目を閉じた。すると、黒岩が読み上げる。
「それについては、学園側の処分にお任せします」
 黒岩は吹き出すと、明史の担任が書いた文章も読み上げた。落ちたクラスメートを助けようとしたのに、落としたと勘違いされて、暴行を受けた。病院へ行くほどの大ケガではないが、心細いだろうから、連絡を入れてあげてください、という内容だ。
「この文面じゃ、まるでおまえが悪者だな。心細い明史君に、ご両親から連絡はあったのか?」
 大きな涙の粒が、どんどんあふれる。明史は嗚咽を漏らしていた。帰りたい、とつぶやくと、黒岩に髪をつかまれる。
「帰るところなんかないだろう? 若宮のところか? あいつと付き合うなんて許さない。おまえも裏切られて、一人になればいい」
 黒岩はケータイに出ると、マンションの玄関にあるロックを解除した。
「え、もう始めてんの?」
 軽い調子で入ってきたのは三人の男達だった。明史は玄関へと続く廊下に座り込んでいたが、慌てて立ち上がる。リビング方向にしか逃げられず、鍵のかかるトイレへ入ろうとした。だが、すぐ男の一人につかまった。
「っい、せん、せ、やだ」
 黒岩がどんな目的で彼らを呼んだのか理解して、明史は黒岩を振り返る。
「明史、新車と中古車の話、知ってるか?」
 男達の手で、個室の中へと引きずられる。ベッドの上に押し倒されてから、黒岩が笑いながら尋ねた。
「男は皆、中古車を買うくらいなら、少し高くなっても新車を買うんだ」
 意味の分からない話に涙を止めると、男達の手が明史の手足を拘束していく。
「こいつ、かなりきれいな顔してんなぁ」
 顎をつかまれて、明史は顔を振った。
「先生、やだ、嫌だ! 助けてっ」
 黒岩は笑みを浮かべると、扉を閉める前に男達へ言った。
「かなり慣れてる子だ。薬も入れたから、多少乱暴にして構わない」
 ぶわっと目に溜まった涙が、重りのように肌を滑る。拘束したにもかかわらず、男達の手にはナイフがあった。
「い、いたいのは、いや……」
 明史はつぶやきながら、視界の隅に自分の鞄を映した。志音の名前を呼ぶ。ヒーローは遅れてやって来る。だが、明史を助けるためのヒーローは来ない。拘束された手首の先で拳を握る。冷たい刃先が、ジーンズの内側を裂いた。

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