spleen51 | ナノ





spleen51

 志音に促されて、彼の部屋へ入る。靴を脱いでラグの上に座ると、ガラステーブルの上にはすでにフルーツタルトの入った箱が置いてあった。
「フォーク持ってくる」
 再度、部屋を出た志音を振り返らず、明史はプラスチックのふたの下にある色とりどりのフルーツを見つめた。甘いものは好きだ。兄がいる時にはお菓子を作ってくれた母親のうしろ姿や、家中を満たした香りを思い出す。
「紅茶、冷めないうちに食べるか。砂糖、いる?」
 向かいにあぐらをかいて座った志音から、フォークをもらう。明史はシュガースティックも差し出した志音に、「いらない」と返事をした。志音はシュガースティック二本を開けて、紅茶の中へ入れた。
「いただきます」
 ふたを開けて、フルーツタルトを食べ始める。明史は購買に並ぶケーキ類の中では、このフルーツタルトがいちばん気に入っていた。
「もう調子はいいのか?」
「あ、うん。お昼はごめん」
 借りているハンカチをポケットに入れたままにしている。部屋に帰ったら、一度、手洗いしたほうがよさそうだ。
「泣いた?」
「え?」
 紅茶を一口飲んだ志音が、左手を伸ばしてくる。
「目が赤い」
 水川に呼び出されたことを知っているのに、詳細を聞こうとしない志音の優しさを感じた。明史はそっと目を閉じる。彼の香りがかすかにした。
「大丈夫」
 そう言ってから目を開くと、切なげな表情の志音がいた。
「それ、口癖になってる」
 志音はガラステーブルを持ち上げると、ラグの上から床へと移動させた。二人の間には何もなくなり、彼は明史のことを抱き寄せる。
「大丈夫、っていつも言ってる。大丈夫じゃない時も言ってる」
 気張っていたものがぐらぐらと揺らいでいく。志音は明史を無防備にさせる。だが、築いてきた壁を壊されては困る。また信じて、裏切られて、傷つくのは嫌だった。
 志音は明史の返答を待っている間、左手で志音の左手を握り、空いている右手で背中をなでていた。時おり、頬擦りをするように、明史の髪に顔を近づけてくる。それはどんな言葉より雄弁に、志音の気持ちを表していた。
 昔から兄にあやしてもらった。本当は両親の手が欲しかった。兄のように優秀だったら、ほんの少しはなでてもらえたかもしれない。兄と比べず、明史本人を見て、優しく笑ってくれた黒岩も、明史の体が目当てだった。
 明史は少しだけ顔を上げる。志音の端正な顔を見た。彼も黒岩と同じように、明史の体を要求するのだろうか。それが目当てで優しくしてくれるのだろうか。
「……若宮は、俺の顔が好き」
「何だ、いきなり」
 明史は志音を凝視した。
「もし、俺の顔に傷がついたら、もういらない?」
 明史の言葉に志音は大きく息を吐く。
「あのな、確かに一目惚れだから、顔も好きだ。ただし、顔だけが好きなわけじゃない。おまえはすげぇきれいだけど、きれいな奴なら他にもたくさんいる」
 志音は背中をなでていた手で、明史の頬へ触れた。
「俺はまだおまえのことあんまり知らない。だから、知りたいと思ってる。フルーツタルト、好きなんだろ? さっき、口に入れた瞬間、ちょっと笑った。そういうの、知りたいんだ。顔はきっかけに過ぎない。今、おまえの顔に傷がついても、それで好きでいられなくなるなんてことはない」
 苦笑した志音は、「俺にこんな恥ずかしいこと言わせるなんて、おまえは本当に大した奴だ」とさらにぎゅっと抱き締めてくる。

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