きみのくに5 | ナノ





きみのくに5

 マヌが泣きながら言うと、ティトは立ち上がり、マヌの下に入り込んでいる台を蹴った。それから、ロープを切り、マヌのことを支えてくれる。こんな時に、マヌはティトが出会った時より大きくなったことを知った。自分より少し背の高いティトはマヌを抱き締めて、何かささやく。とても優しい響きの言葉だ。
「ティト、逃げないと」
 マヌは背中の痛みをこらえて、寝室の窓を開けた。雪かきをしていない場所であれば、この高さから落ちても、今夜積もった柔らかな雪が衝撃を受け止めてくれる。マヌは月だけに照らされた地面を見つめる。
「ティト、僕が先に行くね」
 新雪は月明かりに輝く。マヌは狙いを定めて、窓から飛び降りた。思った通り、大きな衝撃はなく、体が雪にはまる。マヌは体を動かして雪から出た。
「ティト」
 小さな声で呼ぶと、ティトが身軽に飛んだ。マヌは彼の手を握り、雪から引っ張り出す。小屋のほうへ駆けて、厚手の布と日持ちするパンを包んだ。夜が明けないうちに、見つからない間に、できるだけ遠くへ行く必要がある。
 ティトが小屋を出た後、マヌは彼が裸足であることに気づき、寝床の下へ手を伸ばした。履き潰していたが、古い靴が置いてある。マヌはそれを手にして、彼の後を追いかけた。

 屋敷から街、街から山へ向かうシラカンバ森林地帯までは誰にも見つからなかった。シラカンバ森林地帯に入ってしまえば、よほど森を知る者でない限り、早々に見つかることは考えられない。できるだけ遠くへ、という思いから、マヌもティトも足を止めなかった。
 途中、マヌは靴のないティトへ靴を履かせた。マヌ自身も裸足と変わらない靴しか履いていないが、マヌは布を巻いて足元を隠していた。似たようなシラカンバが並ぶ森の中を休まずに歩いたマヌだが、鞭打たれた背中と素足に近い足は限界で、そのまま雪の上に倒れた。
 すぐにティトが戻ってきて、マヌに肩を貸してくれる。意識がもうろうとしていた。マヌは肩に触れる温かい手に意識を集中させる。ティトはこの地方の者ではないのに、森の歩き方を心得ているようだった。
「マヌ」
 名前を呼ばれて目を開けると、奥行きのある洞穴のような場所にいた。居場所が分かってしまうため、火は起こせない。だが、ティトが体を抱き締めて、何枚も持っていた布を被せてくれていた。彼はマヌの足も彼の足の間に入れて温めてくれる。
「ティト、君の国へ行くんでしょう?」
 ティトの頬は返り血で汚れていた。彼が運んできた雪の塊を口へ入れてくれる。雪は口の中で解けて水になった。マヌは涙を流しながら、雪をつかんで彼の顔へ当てた。そして、布の端で拭ってやる。
「僕のために罪を負ったね。でも、大丈夫。僕がティトの罰を全部受けるよ」
 夜が明けるまでに眠ったら、死ぬかもしれない。マヌはティトの頬をなでながら、懸命に話を続けた。
「ティトの国はどんなところだろう。僕は雪が嫌いじゃないけど、暖かいところに住んでみたいと思ってたんだ。君の国に着いたら、君の言葉を学ぶよ。それから……」
 しだいにかすむ視界に、マヌは笑みを浮かべて目を閉じた。今度はティトが語り始める。心地いい響きだった。くちびるに温かい感触があり、目を開くと、ティトが口づけをしていた。マヌの村では、口づけは婚礼の際に初めてするものだった。
「ティト、初めての口づけだよ?」
 ティトは笑って、もう一度、口づけをしてくれる。こんなに幸せにしてくれるティトなら、生涯を捧げてもいい。マヌは笑みを浮かべて目を閉じた。
「マヌ……」
 ティトが言葉を紡いだ。やはり分からなかったが、彼の温もりは感じた。
「君の、国へ、行こうね」
 ティトは道を知っている。二人で一緒に幸せになる道を知っていると言ったのだろう。次に目が覚めた時は、ティトの国へ続く道へ出発するのだと胸を躍らせた。マヌはとても嬉しくて、笑みを浮かべる。目を閉じると、ティトが体を抱き直して、強く抱き締める。その熱はいつまでも、マヌの心を温め続けてくれた。

4 6(ティト視点)

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