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 翌日からフェリクスは、創太とだけ英語で話さなくなった。どうして最初から英語で話していたのか聞くと、「皆が英語で話しかけるから」とこたえ、その後、ほんの少し意地悪な笑みを浮かべた。
「創太は英語で話すと、分からない顔するから可愛いと思った。いっぱい話すと、困った顔になる。すごく可愛い」
 登校途中にそう言われて、創太は朝からどきどきしていた。教室へ入り、HR開始を待っていると、水川があいさつをする。
「水川先生、昨日の一年の事件って、あれマジで本当?」
 クラスメートの質問に、水川は、「さぁな」と返事した。
「とりあえず、関係者は今日、呼び出しだ。それまで真実は分からない。憶測だけで判断することがないように」
 いつもふざけた担任だけに、真面目なことを言われると、それだけ事が重大だと言われている気分になる。来週に迫った中間試験に備えて、授業はふだんと変わりなく、教室内は落ち着いていた。

 交換留学生達も試験はすべて受けるが、成績については特に問われない。放課後は部屋で勉強しているが、今回ばかりはフェリクスと二人だけの空間では集中できないため、図書館へ直行した。
 フェリクスもついて来て、隣で大人しく勉強している。留学生達は異なる学校から来ており、それぞれの学校で留学中の扱いが違うらしい。フェリクスの場合は、こちらに留学している一年間は、留年扱いになる。ただし、向こうへ戻った時に受ける進級試験で合格点を取れば、そのまま三年へ上がれるとのことだった。
 フェリクスは母国語のテキストを送ってもらい、それを外部メモリに落とし込んでパネルやケータイへつなげていた。彼は母国にいる同級生達と同じ授業内容を自分で学んでいる。
「もしかして、すごく頭いいのか?」
 独り言のように問えば、フェリクスは、「いちばんじゃないと嫌だ」と言った。おそらく以前なら、ムカつく奴だと思っただろうが、努力を知った今はそう思わなかった。
「偉いな」
 創太は思ったことをそのまま口にして、ディスプレイに映されている練習問題を解く。一年経ったら、フェリクスは母国に帰る。そのことをほんの少し失念していた。まだ付き合っているわけでもないのに、別れる時のことを考えている自分を笑う。創太は目の前の問題に集中するため、軽く首を回した。

 明史達のことがきちんとした形で伝えられたのは、中間試験が終わった週末前の日だった。将一が言った通り、あの事故は、「明史に話しかけた将一が、階段の途中でバランスを崩して転倒した。その後、気を失った将一を見たクラスメート達が勘違いをして、明史を五組横の階段から突き落とし、暴行を加えた」と伝えられた。
 暴行を加えた六人の生徒達は五日間の謹慎処分と謹慎が開けたら、一ヶ月間、学園外の掃除を言い渡されている。大きな学園のため、敷地の外壁周囲のゴミ拾いだけでも相当な時間を要する。謹慎処分も寮の部屋にいるだけだが、内申に響くため、かなり重い罰だ。
 真相が分かり、創太のクラスに限らず、二年全体が明史に同情していた。細かい違反まで見逃さずに、うるさい黒岩へ報告する明史は、二年にも嫌われているが、今回のことは明史に非がない。
 創太は初等部の時の親子ふれあい会を思い出した。仕事の都合で来ることができない親はたくさんいる。教師の数より、親が来なかった子どもの数のほうが多いため、子ども同士で組むことがほとんどだった。だが、明史はいつも教師のもとへ駆けていった。
 あの時は何とも思わなかったが、もしそれが彼自身へ関心を寄せない両親を思っての行動で、無意識に大人の手を求めていたのだとしたら、同情だけでは言い表せない悲しい気持ちになる。
 暴行事件は当然、明史の両親へも伝えられただろう。病院へ行くほどのケガではなかったようだが、勘違いしたクラスメート達から突き落とされた時の彼の心情を思うと、せめてこの週末は親元で休養して欲しいと願った。

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