spleen35 | ナノ





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 端的にまとめて話し終わると、将一はかすかに涙を浮かべていた。根が優しい子なのだろう。知らなかったとはいえ、明史のことを傷つけたと小さな声で言った。
「別に、おまえは悪くないだろ」
 剛はそう言って、難しい顔をする。カーテンが開き、里塚が出てくる。彼は将一の後頭部を確認して、「今日は安静にしてね」とカードを出すように指示した。
「もし、夜になって気分が悪くなったり、どこか痛いところがあったりしたら、寮長にメールしておくから、彼のところへ行ってくれる?」
「はい」
 カードを将一へ返した里塚は、創太に礼を言った。すでに十八時を過ぎており、創太はこのまま食堂へ向かうことにする。里塚が志音に話がある、と伝えたちょうどその時、水川と湊が入ってきた。
「創太、悪いな。話の途中だっただろ? 明日、聞くから。今日は助かった。ありがとう」
「いえ、落ち着いてからでいいです」
 現場をどんなふうに収拾したかは分からないが、教師達はこの件で忙しくなるかもしれない。中間試験も迫っているため、相談は落ち着いてからのほうがいい。創太がそう言うと、水川は目尻にしわを寄せて笑った。
「青野、おまえには悪いが、明日、呼び出しがある。事情はその時に聞くが、簡単にでいい。明史がおまえを突き落としたのか?」
 水川は笑みを引っ込めて、真面目な顔で尋ねた。剛に肩を抱かれている将一は、大きな瞳を二度、瞬かせた後、はっきりとこたえる。
「違います。俺が階段の中途半端な位置にいたから落ちたんです。大友が突き落とすなんてありえません」
 その声を背中に聞きながら、創太は安堵した。

 食堂はいつもより騒がしかった。皆、明史が将一を突き落としたという事件について話しているようだった。違うと言いたいところだが、それはどうせ後日、分かることだ。創太はパネルに並ぶ日替わり定食を眺める。
「ソーター!」
 あぁ、来た、と思い、振り返ることすら面倒で、創太は無視して列に並んだ。うしろから羽交い締めにするようにフェリクスが抱きついてくる。彼のまとっている香水は甘ったるさのない、神秘的な香りがした。
 本当はその香りが好きで、ほんの少し気に入っているが、本体は気に入らないため、「くさいから寄るな」と言って、腕から逃れようとした。
「えー、この香り、いいと思うよ? フェリクス……」
 前に並んでいたクラスメートが英語でフェリクスに話しかける。簡単な会話なら問題ない。ただ、フェリクスの話す英語は早過ぎてついていけない。体温が高いのか、体に熱が移ってくる。耳元で響く彼の母国語は、心地よいと思えるはずもない。
「バクラっていう香りなんだって」
 クラスメートが教えてくれる。創太はトレイを持ち、フェリクスに、「放して」と日本語で言った。
「創太、何で英語、使わないの? 苦手ならチャンスだよ。いっぱいしゃべったら、その分、上達するよ」
 創太はもう何度目かの助言に苦笑する。そして、まだ腕を解かないフェリクスを見上げた。飛行機で片道十時間以上かけて、この国へやって来た根性はすごいと思う。いくら興味があったとしても、言葉の違う国へ来るのは勇気がいることだ。だから、フェリクスを含めて、留学生達のことは皆、尊敬している。
「何で俺が英語、使わないといけないんだよ? おまえらが選んでこの国に来たんだろ。この国にはこの国の言葉がある。興味を持って、この国に学びに来たなら、そっちが俺達の言葉を話すべきだ……って誰か通訳して」
 周囲で聞いていた生徒達が声を上げて笑った。
「創太、何かカッコイイこと言ってるのに可愛い」
 通訳をしようと生徒の一人が口を開くと、フェリクスは癖のないアクセントで、「必要ない」と言った。

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