spleen34 | ナノ





spleen34

 里塚に頼まれ、創太は氷水の中へタオルを浸した後、水気を切って将一の後頭部へ当てた。
「あ、自分で押さえます。ありがとうございます」
 将一に黒い皮張りのソファへ座るように言うと、彼はそう言って自分の手でタオルを押さえた。剛が隣に座り、「本当にどこも痛くないか?」と確認する。創太はベッドのほうへ近寄り、ケガの具合を見ている里塚がベルトへ手をかけるのを見つめた。
「悪いけど、二人ともカーテンを閉めて出ていてくれるかな? 男の子でも、知らない間に下半身まで見られるのは嫌だろ?」
 創太は志音とともにカーテンを引いて、向かい合わせになっている椅子へ座った。ただ座っているだけでも、足の長さが全然違う。コンプレックスを刺激され、こっそり溜息をついた。向かいでは剛が将一のためにタオルを当てて、空いている手で彼の太股周辺をなでている。
 剛は創太達二年生の中で会計二名とともに一組に所属している。副会長を任され、おそらく来期の生徒会長は剛になるだろうと言われていた。少々軟派なところがあるものの、現在三年生の副会長である達義が硬派なイメージのため、生徒会の中ではうまくバランスが取れているように見える。
 二年生の間では圧倒的にもてている剛だが、特定の恋人はいない。よく彼の部屋に出入りしている可愛らしい感じの生徒を見かける。将一も人懐こい笑みが可愛らしく、剛好みなのだろう。
 創太は太股をなでる行為に含まれる意味に気づかず、先輩にあたる剛に恐縮している状態の将一へ話しかけた。
「青野」
「はい」
「知らなかったから仕方ないけど、明史には授業参観の話、しないほうがいいと思う」
 創太の言葉に志音も視線を向けた。明史とは学年も違い、委員会も異なるが、委員会会議で何度か話したことはある。中等部の頃は廊下で会えば、立ち止まって話をする程度の仲にはなっていた。
 明史の八つ歳上の兄と創太の兄は同級生だった。同じようにこの学園で学び、兄は二組と三組と行ったり来たりしていたが、明史の兄は有名な存在だった。創太は誰からも慕われている明史の兄の写真を見たことがある。もちろん明史と兄弟であることは分かったが、明史のほうがきれいだと思った。
 明史にはかげりがあった。大胆に笑うことはなく、いつも控えめで、その慎み深さが彼の兄の持つ美しさよりも目を引く。顔をちゃんと上げて、はきはきと受けこたえすれば、もっと多くの人間を魅了できるのに、と創太は似たようなことを明史に言ったことがある。
 だが、明史は緩く首を横に振るだけだった。その時はたまたま中等部の授業参観が終わった翌日で、珍しく明史から問いかけられた。
「先輩のお父さんかお母さん、来ましたか?」
 小中高と別々の日程になっている授業参観だが、中等部以降は中等部から編入した生徒達の親かよほど熱心な親しか授業参観には来ない。初等部の頃は来てくれた創太の親も、さすがに中等部に上がってからは来ていない。創太としても、気恥かしいから来て欲しくなかった。
「来てないよ、むしろ来て欲しくない」
「……そうですか」
 その時は何も思わなかったが、創太は後になって兄から聞いた話を思い出した。明史の両親は、明史の兄がこの学園を卒業するまで授業参観に来ていた。学年が違うから、彼の両親が昨日、来ていたかどうか分からないが、不意に初等部の授業参観のことが脳裏によみがえった。
 初等部では授業参観の後に、親子ふれあい会という名のついた行事がある。フォークダンスだったり、合唱だったりしたが、たいていは親子一組で参加する。二学年合同になることが多く、創太は兄から聞いていたこともあり、明史のことを知っていた。彼はふれあい会の時、いつも教師と組んでいた。
 そのことを思い、創太は完璧な兄を持つ明史のコンプレックスを知った。創太の兄も創太より優秀で自慢の兄だ。だが、創太の両親は当たり前だが、分け隔てなく愛してくれる。明史が抱えていることは、もしかするとコンプレックスではなく、もっと根深いものかもしれない。

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