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 光穂は螺旋階段を上がり、図書館の二階へ向かう。一年の風紀委員が同じく一年の生徒達と言い合いをしていた。
「えいちゃん」
 一年五組の風紀委員である栄太郎(エイタロウ)に近寄ると、彼がむっとした表情を隠した。対面にいる相手を見て、いらいらしていたことは理解できる。何度か耳にしたことのある上田明良(ウエダアキラ)が、くちびるをとがらせていた。
 明良は高等部からの外部生だ。唯一、一組入りを果たしており、教師からの覚えはいい。きれいな顔だちで、いつも取り巻きを数人連れている。皆、彼の父親の会社で働いている親の生徒達だ。
「逆流しようとしたので止めました」
 今日は催しのため、一方通行になっている。明良にとっては初めての催しだろうが、彼の周囲にいる生徒から聞いていてもおかしくない。光穂は栄太郎の肩を労うように軽く叩き、明良のほうへ近づいた。
「上田君」
 ピアスなどのアクセサリーは禁止されているが、過度でなければ髪を染めることは許可されている。明良は少し明るいブラウンの髪に緩いパーマをあてていた。
 生徒会長から名前を呼ばれたことが嬉しいのか、「光穂先輩が俺の名前を覚えてる!」と取り巻きに漏らした。
「今日は一方通行だから、遠回りで悪いけど、あっちから回ろう? 俺も一緒に行くよ」
 明良は頷いて、光穂の腕を取ると、強引に引っ張って歩き出す。光穂は栄太郎に目配せをしておいた。これでこの場は収まるだろう。
 二階の渡り廊下を歩き、校舎へ移動しながら、光穂は左腕を取っている明良を見つめた。身長は明史より少し高いくらいだろうか。明良もきれいだが、明史の前ではかすんでしまう。
「あ、志音!」
 生徒玄関を抜けて図書館への道を歩いていると、志音が袋を提げてこちらへやって来る。制服シャツの胸元にしおりが入っており、彼がすでにクッキー類を買い求め、購買へ寄ったのだと分かる。
 志音は明良の声に明確な拒否を示していた。だが、光穂がいるためか、歩みを止めてくれる。
「ひどい、俺も一緒にって言ったのに」
「お疲れさまです」
 明良の言葉を無視して、志音は光穂へ会釈した。人の話を聞かないところは変わらないな、と思いながらも、この場合は明良を無視しても納得できてしまう。光穂は自分の腕を放し、志音の腕をつかむ明良に苦笑するしかなかった。
「先輩、風紀の配置、どうなってるんですか?」
 首を傾げると、志音は明良の手を払い、百八十八センチの長身を屈めた。光穂の耳元で、「明史はどこですか?」と尋ねてくる。
 志音の口から明史の名前を聞いて、そういえば彼は明史から振られたという話を思い出した。この調子だとまったく諦めていないようだ。
「中庭にいるはずだけど……ちょっと待って」
 ケータイが震えたため、先に音声通話を開始する。湊から話を聞いて、明史の居場所を志音へ伝えた。
 達義と湊が連絡してきたのは、達義が明史とともに保健室へ行ったからだ。明史が立ちくらみを起こしたと伝えると、志音は、「どうも」と頭を下げてまっすぐに保健室を目指す。
 光穂も保健室へ顔を出したいが、まずは明良達を何とかしなければならない。
「あ、志音、どこ行くの?」
 追いかけようとした明良の手を取り、光穂はにっこりほほ笑んだ。
「上田君、俺とクッキー買いにいこう?」
 秋秀が困った時はにっこりほほ笑んで頼めば、皆、頷くと言っていた。今のところ、自分の笑みで落ちなかった相手はいない。よく航也と比べられるが、こういうところが、航也との違いだ。計算で笑うなんて、彼にはできない。

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