spleen13 | ナノ





spleen13

 思い出せる限りの記憶では、自分を抱いたり、頭をなでてくれるのはいつも兄だった。まだ幼い頃は両親の態度に気づかず、彼らを見たら、甘えるように手を伸ばしてその足元へ駆けていった。そのたびに、「あっちに行ってなさい」と言われ続けて、ようやく理解した。
 あっち、というのはどこだろう。家の中なのに居場所が見つからなかった。中等部に上がって、寮に入ったら、皆と楽しく過ごせると期待した。だが、心から楽しいと思えたことはなかった。中等部二年になるまでは、優しくしてくれた黒岩も、頼りにしてはいたが、結局、同年代の友達という枠ではない。
 志音が何を考えているのか分からないが、昨日から今日にかけての接触は、明史を高揚させるには十分だった。騙されているのかも、と思う反面、自分を見つめていた眼差しを思い出してはふわふわした気分になる。
 体を抱えられ、軽いキスをされ、髪をなでられた。胸に広がる痛みと同時に指先まできゅっと痛くなる。朝の一件を見ていた生徒達からは、隠すことのない嫉妬からくる言葉を投げつけられた。だが、言葉や暴力は明史にとって日常過ぎて、気にかけることすらしなくなった。

 昼休みは一時間ほどあり、学年、クラス、日によって、十一時三十分開始と十二時三十分開始に分かれている。授業も一日六時間と五時間の日があった。今日は六時間の日であり、そういう日は十二時三十分から昼休みになることが多い。
 明史は一人で教室から出て、食堂へ向かうため、階段の手すりへ手をかけた。
「おい」
 うしろから声をかけられて振り返ると、見覚えのある三組の生徒達がいて、自分を敵視している視線と目が合った。
「ちょっと」
 腕を引かれ、空き教室の中へ入れられた。一組の彼も今から昼だということは、志音も昼休みだということだ。今まで食堂で見かけたことがない気がするが、あれだけ広いと分からない。
「聞いてるのっ?」
 彼が乱暴に制服をつかんで体を揺さぶった。
「調子に乗るな! 志音は誰にでもいい顔をするけど、俺達、付き合ってて、恋人同士なんだから!」
 外部生の彼が一ヶ月そこらで初等部から在籍している人気者の志音と付き合っているという言葉に、明史は思わず苦笑した。あり得ない話ではないが、付き合っているなら、それこそ一緒にいるだろうし、直達のようにいつもともに食事していてもおかしくない。明史が知る限り、彼が志音と一緒にいたことなどなかった。
「何、笑ってんだよ。横やり入れるつもりなら、それ相応のこと、覚悟しろよ」
 彼はそう言って、明史の右足を思いきり踏んだ。
「っ!」
 悲鳴が上がらなかったのはうしろから別の生徒に口をふさがれたからだ。痛みから涙があふれる。
「おまえらもやって」
「え、でも……」
 ためらった生徒達が彼に睨まれる。何か弱みでも握られているのか、生徒達は肩をすくめた。さすがに良心があるのか、一人目の生徒は軽く踏む。左足を踏ん張り、うしろから羽交い締めしている生徒の拘束から逃れようとしたが、うまくいかない。
「はぁ? なでてんの? ちゃんと踏んで」
 彼の言葉に、一度目は軽く踏んだ生徒が、目を閉じて思いきり踏んできた。六人いた生徒達に踏まれた右足首は朝よりも腫れ上がり、じんじんと熱を持つ。空き教室に一人取り残された明史は、その場に座り込んで泣いた。
 悔しさと右足の痛みから涙が止まらない。制服のポケットの中で震えたケータイを取り出すと、黒岩からのメールだった。外出届を出したかの確認だ。高揚していた気持ちはすでに消え去り、ただ黒く重い感情が明史を支配した。

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