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spleen9

 もしかしたら、本当に落ちたほうがいいかもしれない。そうすれば、少しの間、黒岩から逃げられる。ケガをしたと知った両親が会いにきてくれる可能性もある。ぐっと押されて、明史の足が床から浮いた。明史はぎゅっと目を閉じる。
「おい、何やってんだ?」
 大きな熱い手が力強く明史の体を引き戻す。勢いづいてそのまま腕を引いた生徒の胸に顔が当たった。
「何もしてないよ。志音(シオン)こそどうしたの?」
 先ほど、明史を窓から落とすように指示を出した声が、甘えるような声に変わり、明史の腕を握っている生徒へ話しかける。
「おまえらがうるさくて、寝れねぇ。風紀の見回りが来る前に部屋、入れ」
 甘えた声を出した生徒以外は、志音の言葉に従い、部屋へ戻っていく。
「おまえも戻れ」
 志音の低い声に、明史は体をすくませた。どんなにこの学園が大きく、入学から卒業まで互いに認識しないまま終わることもあるとはいえ、若宮志音を知らない生徒はいないだろう。生徒会にこそ所属していないが、明史達の学年ではもっとも生徒会長の座にふさわしいと言われている。
 ただし、本人にまったくその気がないため、中等部の頃から生徒会入りを蹴っているという話だった。身長は百八十センチを軽く超えており、十六歳には見えない体つきをしている。明史は握られている腕の先が、彼の硬い胸板にあることに気づき、急いで引っ込めようとした。
「おまえはこっちだ」
 どうやら、「戻れ」というのは明史に言ったわけではないらしく、志音はぐいぐいと強引にいちばん端の部屋へ引っ張った。
「あの、若宮……」
 カードをICへ当てると電子音とともに扉が開く。先に中へ押し込まれて、明史は振り返った。大きな体が扉をふさぐ。彼は再度、カードを当てて、個室への扉を開いた。
「入れ」
 ぼんやりと志音の動きを目で追うと、タイムアウトした扉が閉まる。
「バカか。早く入れ」
 もう一度、志音が扉を開けた。隣室からかすかな声が聞こえた。途切れがちな声は一瞬だったが、どういう行為の時に漏れる声かは知っている。
 タオルやバンソウコウを持った志音は軽く隣室の扉を見やり、何でもないことのような態度で、こちらへ歩いてくる。
 志音と同室は誰だったか考えていると、彼は顎で中へ入れと示した。寮は基本的に同じ造りで中の広さも変わらない。彼の部屋は角部屋で、ほんの少しだけ広く感じた。
「そこ、座れ」
 示されたのはベッドだった。明史はこれまで一度も志音と言葉を交わしたことがない。初等部の時も同じクラスにならず、中等部からは成績順のため、毎回、どんなテストも首席の彼と同じクラスになるはずがなかった。
「あ、もう遅いから、俺、部屋に戻る」
 くるりと踵を返して、扉の前に立つと、扉が開く前に、志音が体を抱えた。
「へ?」
 変な声が出たのは仕方ない。志音は明史のウェストに左腕を回し、そのまま右手でひざの裏を支えた。横抱きにされた状態で、ベッドへ寝かされたのだ。
「あ、タオル、濡らしてくんの、忘れた」
 志音は部屋へ戻ると言った明史の言葉など、まったく聞いていないようだ。いったん部屋を出て、タオルを濡らして戻ってくると、ベッドに座り直した明史のパーカーを脱がせようとする。
「え、ちょっと、若宮……?」
 明史が軽くパニックに陥っているのに、志音は気に留めず、パーカーをはぎ取り、Tシャツをまくり上げる。また隣室のあの声が聞こえてきた。明史は気まずくなり、拳を握って視線を落とす。ひんやりとしたタオルが、アザになっている部分に優しく当てられた。 

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