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spleen8

 食堂での夕食の後、将一が帰ってくる前にシャワーを浴びた。無地のスウェットパンツをはき、Tシャツを着た明史は、宿題と明日の予習を一通りしてから、共有スペースにあるミニ冷蔵庫を開けた。
 飲み物とチョコレートの箱を持って、自分の部屋へ入ると、ちょうど将一が帰ってくる。時計を見ると二十時を少し過ぎている。寮内を出歩ける時間は二十時までだ。だが、明史はわざわざ扉を開けて、将一を咎めようとは思わなかった。
 将一に言われた言葉のためではない。ただ、明史はうしろめたいだけだった。水川との話の中で、黒岩は立場を考えるべきだと言っていた。それは風紀委員の自分にも言える。取り締まる立場の人間が、学園内で淫らな行為をしている。そのことを考えると、ふだん生徒達が違反していることなど些末なことに思えた。
 パネルをテレビへ切り替えたが、見たいと思う番組もなく、音楽データを取り出して、歌詞のない静かな曲を流した。明史はベッドに座り、目を閉じる。そのまま横になると、いつの間にか眠っていた。

 明史は三時間ほどで目を覚ました。寮内の見回りは当番制になっている。今週は違うクラスの風紀委員が当たっていたが、何となく眠ることができず、薄手のパーカーを羽織い、ケータイを持って廊下へ出た。
 寮内も校舎と同じくかなり広い。学年ごとにエリアが分かれているものの、往来は自由にできる。明史は一年のエリアにある東階段を、自身の部屋のある一階から三階へ移動した。
 二十三時消灯という決まりはあるが、消灯時間に関しては少し緩いのが現状だった。真面目に勉強している生徒達もいるためだ。二十三時を過ぎたら、なるべく静かに、物音を立てないというルールが暗黙の了解である。
 明史が三階まで上がると、人影が笑いながら走り去るのが見えた。
「やべっ、風紀だ」
 小さいがはっきりと聞こえた声に振り返ると、蜘蛛の子を散らすように皆がいっせいに駆け出す。
「待てっ」
 明史は非常灯と等間隔で並んでいる淡いLEDランプを頼りに、おそらく鬼ごっこをして遊んでいた生徒達をつかまえようとした。そばを駆ける生徒の服を引っ張る。
「わぁっ、う、くそ、放せ!」
 大柄な生徒だったため、彼が暴れると、明史は見事に振り払われて、その場に尻もちをついた。
「って、大友か」
「え、こいつ、今日、当番じゃねぇのに」
「どーせ、また媚び売るためだろ」
 明史が立ち上がると、すぐに体を押されて、また尻もちをつく。学園内は校舎も寮もつながっているため、体育の時間に外用の靴に履き替えない限りは、皆、室内用の靴を履いている。ソフトな靴が多いが、加減の仕方を知らない生徒に蹴られると、明史は口元を押さえてせき込んだ。
 寮の個室から持ち出すものといえば、ケータイや財布程度で、個人の所有物はほとんど鍵のかかる場所にある。そのため、個人の所有物を壊す、汚すという感覚はあまりなく、暴力行為に直結することのほうが多かった。
 暴行を受けるのは初めてではない。ある程度したら終わると思って諦めていると、いきなり腕をつかまれ、窓際に追い立てられた。明史は五人以上いる生徒達の顔をよく見ようと目を凝らす。
 押し殺した声で、「早くしよう」と聞こえた。窓が開き、強い力で上半身を押される。
「大丈夫だって。三階から落ちたくらいじゃ、死なない。これで、しばらく入院だろ。ウザいのが一人、減る」
 聞き覚えのある声だが、誰かは分からない。明史は窓から上半身を出していた。仰向けの状態で背中が窓のサッシに当たり、痛みを感じる。助けを呼びたかった。だが、誰も助けてくれないだろうと思った。

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