わかばのころ 番外編13 | ナノ





わかばのころ 番外編13

 ヒーターのスイッチを切った後、潮は寒い廊下へ出て、向かいにある若葉の部屋へ入った。ここからいちばん近く、自分でも受かりそうな私立大学の入学試験に向けて、ずっと勉強を続けている。
 先に眠ってもらった若葉は、子どもみたいにうつぶせて、小さな拳を作っていた。いつものように手前で寝ている。若葉は自分の布団ではなく、潮の布団の上で寝ていた。寒い中、夜まで勉強している自分のために、こうして布団を温めてくれる。
 潮は回り込んで、冷たい若葉の布団の中へ入った。目が慣れてきた頃、そっと手を伸ばして、髪をなでてやる。若葉と一緒に駅まで通いたいから、一年間はここから大学へ通うと言えば、若葉は最初、ダメだと反対した。
 負担になると言われて、潮は若葉を抱き締めた。若葉は自分のために、傷ついても立ち上がるのに、自分は若葉のために何もできないなんて嫌だった。
 今でも鮮明に覚えている。転校初日、一緒に無人駅へ行った時、若葉はかすかに震えていた。若葉が泣きそうになりながら、震える姿を見ていると、あの夜に告げられた秘密を思い出す。
 潮は身体的暴行としか認識していなかった。アナルへも暴行を受けた話は誰も教えてくれなかった。だから、若葉が自分にだけ話した、その後の出来事を聞いた時、怒りを通り越して悲しみと虚無感が潮を襲った。
 若葉は彼の父親と同じように復讐を望まなかったが、潮の心は荒れ狂った。潮はこっそり優へ連絡して、制裁を頼んでいた。優には借りができた状態だ。いつかそれを返せと言われたら、優に敵対する相手へ拳を振るうかもしれない。
 うしろめたいが、潮は制裁を頼んだことを後悔していなかった。自分の不甲斐なさを許してくれた若葉のことを、今度は必ず守る。やわらかな頬をなでていると、若葉がうっすら目を開けた。
「うーちゃん」
 眠そうに名前を呼びながら、もぞもぞとこちらへ移動してきた。
「あったかいよ」
 潮は若葉を胸に抱き寄せる。
「おまえは……俺のところなんか温めなくていいから、ちゃんと布団被れ」
 肘をついて、かけ布団と毛布を引っ張り、若葉の背中を覆う。
「うーちゃんのほうが、だいじだもん」
 胸元で小さくささやいた若葉の手が、裾をつかんでいた。眠っている若葉の体温は高く、胸からじんわりと熱が広がる。不思議に思う。自分みたいな無愛想な人間に、若葉は満面の笑みを見せてくれる。出会った時、彼がこんなに大事な存在になると予想していなかった。
「うーちゃん」
 気を失っていた時に見ていた夢は正夢になるのかもしれない。あの時、寝てていいと言ってくれた若葉は、現実世界で自分のために戦ってくれた。もしも、あの時、自分が目覚めていて、連中と再戦していたら、潮は今、存在していないかもしれない。
「若葉」
 胸の中にいる若葉は小さな呼吸を繰り返していた。
「おまえは命の恩人だな……絶対に」
 幸せにする、と続く言葉は心でささやき、若葉の額へキスをする。若葉の足が少し動いて、潮の足へ絡んだ。寝ている時まで自分のことを放さない若葉に思わず笑ってしまう。
 潮は裾を握っている若葉の手に、自分の手を上から重ねた。目を閉じると、若葉の熱が温めてくれる。明日は初雪かもしれない、と夕飯の時に聞いていた。潮は空いている手で、若葉の体がかけ布団と毛布に包まれていることを確認する。夢を見るなら、またエプロンを身につけた若葉が出てくるといいな、と思った。

番外編12 番外編14(二人暮らし開始/若葉視点)

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