わかばのころ 番外編10 | ナノ





わかばのころ 番外編10

 起きようとすると、体が重く、「うーちゃん」という若葉の甘えた声が聞こえた。
「まだ寝てていいよ。今日は仕事、休みでしょ?」
 仕事という単語に首を傾げていると、若葉がエプロンで手を拭いながら、ひざをついた。体にかかっていた軽い毛布をかけ直してくれる。
 違和感を覚えて、周囲を見渡すと、若葉の家にいた。居間にはソファなどなかったが、潮はソファに寝転んでいる。畳が敷かれている和室部分を振り返ると、若葉の両親が並んでテレビを見ていた。
「お昼までに晴れたら、田んぼ、一緒に見にいこうね」
 縁側の窓に雨が当たる音が聞こえる。潮がもう一度、寝転ぶと、若葉が髪をなでてきた。それから、彼は頬とくちびるにキスをくれる。
「おやすみ」
 若葉のその言葉を聞くと、急に頭がすっきりとした。週末は仕事が休みだから、若葉と、調子がよければ彼の両親も連れて、田んぼでの作業を手伝っている。潮は若葉の父親のように車で市内へ働きに出かけて、若葉は家で家事と小さいながらも稲作を続けている。
 若葉、すごく幸せそうだ。
 潮はもう一度、目を開けて、若葉のエプロン姿を見たいと思った。だが、雨の音が眠気を増大させ、潮はまた眠った。

「潮!」
 眠ったつもりだったが、目が開いた。明かる過ぎる。目を細めながら、声のほうへ視線をやると、母親がいた。
「……か、さん?」
 いい夢だったと思った。現実になりそうな理想の夢だ。思わずほほ笑むと、母親が涙を流す。よかった、と繰り返しながら、泣いている。
「ごめん」
 潮はようやく自分の状況を思い出して、まずは謝った。前回の暴行事件の時よりも傷がひどいせいか、彼女はなかなか泣きやまない。それどころか、しだいにすすり泣くような悲しい響きになり、潮は困惑した。
 骨折もなく、頭を殴られていたものの、後遺症や命にかかわるケガがないことは分かっていた。手足の指先まで感覚があるからだ。右手を握って泣き続ける母親が、嗚咽を漏らしながら、「若葉君は、まだ」と言った。
 最初はどうして若葉の名前が出るのか不思議に思った。若葉のことは夏休み最後に両親が迎えにきた時、紹介していた。帰りの車内でも、これから相馬へは頻繁に行きたいと伝え、若葉が自分にとって親友に近いことをほのめかしていた。さすがに若葉のようにカミングアウトはできない。きっと自分の両親なら、と期待する半面、今まで恋愛のことなど話したことがなく、拒絶される可能性も高いと思っていた。
「何で、若葉?」
 疑問を口にした後から、潮の周りは急速に動いた。母親から現場に救急車を呼んだのは若葉だと聞き、若葉があの場所にいた経緯を聞かれた。潮は気を失っていて、若葉が来たことなど知らなかった。
 警察が事情聴取に来た時、若葉の携帯電話に送られたメールのことを聞いた。彼らが若葉をおびき寄せた。若葉の意識はまだ戻らない。潮は警察が帰った後、声を出して泣いた。
 助けにきて、とあったその文面を、若葉はどんな気持ちで読んだのだろう。外に出ることが嫌で、ずっと村の中にいたくせに、彼はたった一人、自分を助けるためだけにやって来た。
 警察は若葉も潮と同じように暴行を受けたと話した。潮は全員の名前を挙げて、その一人一人を潰そうと決めた。自分と同じように暴行されたということは、拳だけではなく、小道具も使われたということだ。ケンカ慣れしていない若葉の体に鉄製のパイプがどれほどの凶器か、考えただけで血を吐くほど怒りが増した。

番外編9 番外編11

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