あおにしずむ 番外編13 | ナノ





あおにしずむ 番外編13

 彼は極端に人が怖くなり、家から出ることができなくなったものの、在宅で資格の勉強を始めた。ようやく外に出て、週に何度かアルバイトができるようになった。少しずつ前に進んでいた矢先、彼を好きだと言ったくせにレイプした同級生が会いにきた。
「ふりだしに戻りました。彼は俺に謝罪して、満足だったかもしれません。俺が何とか外に出て、仕事して、皆と同じようにカフェで食事している姿を見て、幸せになっていると思ったのかもしれません。だけど、俺は、彼に、『許さない』って言いました。彼は……俺にそう言われると思ってなくて、それで」
 大粒の涙があふれた。ティムは彼を抱き締めて、話さなくていいと告げる。だが、彼は首を横に振った。
「彼は、俺を殴って、また暴力で犯しました。俺は、昔のことを思い出して、あの時も、助けて欲しかったのに、彼は、自分が、ゲイだって、知られたくなくて、俺のこと、レイプしたあげく、仲間に、おまえらもしていいって言った。俺がその後、どんなに謝って、許して欲しいって言っても、彼、聞いてもくれなかったのにっ」
 彼は嗚咽を漏らしながら、彼との再会によって、アルバイトを続けられなくなり、仕事を失ったと続けた。夜、眠ることができなくなり、生きることが辛くなった。それでも、生きるためには働くしかなく、人と会うことがほとんどない夜間のビル清掃員として働き出した。
「ティム、ヤニックは、きっと『許す』って言うかもしれません。でも、あなたはそれを聞いたところで、どうしようもないんです。実際、彼が幸せだと知って、ほっとしたでしょう? 彼を幸せにした相手に嫉妬したとしても、それはあなたを苦しめている問題じゃないはずです」
 きゅっとくちびるを噛み締めた彼は、頬に残る涙の筋を拭う。ティムは静かに彼を見つめた。
「あなたが苦しいのは、自分を偽っているからです」
 彼の手が両手に触れて、そっと握ってくれる。ティムは奥歯を噛んで、涙をこらえた。彼に言われるまでもなく、そのことには気づいていた。だが、それを受け入れたら、妻や娘を傷つけるかもしれない。
「っどうして、俺は、傷つけてばっかりなんだ……」
 にじむ視界の先にいる彼も傷つけている。どう償うべきなのか、ティムには見当もつかなかった。
「あいつは自分を認めることができませんでした。でも、あなたは違います」
 信じている、と言わんばかりの彼の瞳を見て、ティムは彼の細い体を抱き締めた。自分は何をするべきか考える。六年ほど前にロビーに言われた言葉を思い出した。
『今さら後悔するなら、どうして、助けなかったんだ? 君が彼のいちばん近くにいたくせに。彼女と生まれてくる子にはちゃんと責任を取れよ』
 今、いちばん近くにいる人間を幸せにして、妻と娘に対する責任もきちんとまっとうするべきだ。ティムは抱き締めている彼のくちびるへキスをした。
「ルーカス」
 彼の名を呼ぶと、大きな瞳がさらに大きく開いた。
「偽るのはやめる。でも、妻と娘に対する責任を放棄したりしない。彼女と話して、いちばんいい方法を考える。時間がかかるかもしれない。もしかしたら、娘が成人するまでは無理かもしれない。それでも、ルーカス、俺はおまえのそばにいたい」
 ティムは泣きながら頷くルーカスをもう一度、抱き締めた。きっとヤニックに会うことはないだろう。たとえ本人が許してくれても、ルーカスの言う通り、ティムの苦しみは消えない。
 そして、それは自分が犯した罪過に対する罰だ。背負い、償いながら生きていくしかない。その長い道程で、傷ついたルーカスを癒し、愛し、幸せにすることができたなら、少しは顔を上げて前に進めるのかもしれない。
 ティムはルーカスにキスをして、彼の部屋を出た。いつもより遅い時間になってしまい、周囲は真っ暗だった。家には今日中に着く。今夜はまだ暗い。だが、迎える明日の朝は今までにないくらい明るいに違いない。ティムは穏やかな気持ちで車を走らせた。

番外編12

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