あおにしずむ 番外編12 | ナノ





あおにしずむ 番外編12

 最初から、触れるだけの優しいキスをすればよかった。そうすれば、もしかしたら、ヤニックは受け入れてくれたかもしれない。ウェインに馬鹿にされても、ロビーのように偽らなければ、ヤニックは今も笑ってくれただろう。
 ロビーに負けた。きっとあの笑顔は自分には向けられない。その機会を壊したのは自分だ。ティムは失望と悲しみに打ちひしがれ、その場を後にした。
 ヤニックを見てわき上がっていた怒りは自分への怒りだった。自分を偽らなければいけないことへの不満だった。ヤニックに謝ることができたら、一歩進めるのではないかと思っていた。だが、ロビーから聞いたヤニックのトラウマを思うと、会いにいけるはずもなく、彼からも会うべきではないと言われてはどうしようもなかった。
 新学期の日、ウェイン達から救い出した時に、ちゃんと謝罪できればよかった。震えるヤニックの肩を抱いて、「本当にごめんな」と言えていたら、少しは変わったかもしれない。だが、ティムにはひどいことをしたという自覚があり、安易に触れることで彼をパニックにさせるのではないかと考えた。
 ロビーが迎えにきた時も、まだロビーに対しての怒りがあり、あおるようなことを言った。俺のおさがり、と言った時のヤニックの表情は忘れられない。うつむいていたが、真っ青になり、そのまま死ぬのではないかと思った。自分との行為は死ぬほど嫌だったと言われたようで、それをあたりまえだと思う反面、彼の最初の男になったという優越感だけはまだ残っており、悲しくなった。
 現在の妻と結婚すると決めた時でさえ、ティムはヤニックを忘れることができると考えたが、ヤニックの最初の男は自分だから、彼は一生、自分のことを忘れないだろうと思った。そして、そのことが一つの勲章のように感じ、同時に本当はそんなものが欲しいわけではないと思い直した。
「大丈夫ですか?」
 彼に顔をのぞき込まれて、ティムは頷く。
「昔の……ヤニックのこと、思い出してた」
 シャワーを浴びた後、ほんの一時間ほどベッドに寝転び、ノンアルコールビールを飲みながらテレビを見ていた。さすがに泊まり込みはできないため、彼のところへ来たら、いつも日帰りだ。もっとも、妻はすでに気づいているだろう。だが、あちらも新しい男がいるようだから、おあいこだと思った。
「会いにいこうなんて、思ってないですよね?」
 ティムは瓶ビールの口にくちびるを当て、隣に座っている彼を見上げる。
「最後に言葉を交わしてから、たぶん十五年くらいになる。今なら、会っても、口くらい聞いてもらえるかも……って、どうした?」
 ティムはビールを床へ置いて、上半身を起こした。薄いブラウンの瞳がにじんでいる。彼が泣くことなんて今まで一度もなかった。
「ティム、馬鹿なティム。あなたは傷つけた痛みしか知らない。傷つけられた痛みがどれだけ深く残るか、分からないんですね」
 どうして彼がそんなことを言うのか分からず、ティムは指先で彼の涙を拭ってやった。
「俺がヤニックと呼ばれることを受け入れているのは、あなたが『ごめん』っていうたびに、『許すよ』って言うためです。あなたが俺をヤニックの代わりにするように、俺もあなたをある人の代わりにしていました」
 彼は拳を握り締めた。昔話をします、と言って彼が話したのは、ロビー役がいないだけの話だった。その中で彼はヤニックだった。彼も高校を中退していた。

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