あおにしずむ 番外編8 | ナノ





あおにしずむ 番外編8

 SMSを受け取った後、家を出るところで娘に呼び止められた。ティムは手の中で音を立てるキーホルダーをポケットへ入れる。
 あどけない顔で、「どこ行くの?」と聞かれた。ティムは彼女を腕へ抱えて、キッチンへ向かう。電話をしている妻に、「職場から呼ばれた」と小声で告げ、娘をあずけた。
 彼女は何か言いたそうだったが、娘を受け取り、電話を続ける。ティムは外へ出た。
 結婚して六年目、互いに愛し合っていないことを娘は感じ取っている。ティムはハンドルを握り、小さく息を吐いた。
 SMSの相手は初恋の人に似た男だった。インターネットで見つけて、時々、彼の部屋を訪ねる。妻は二人目を望んだが、結婚してからは義務としてしか抱けなかった。彼女がそれに気づかないはずがなく、夫婦関係は冷める一方だ。
 これこそがヤニックを傷つけた罰だとすれば、それは妥当な気がした。自分を偽って生きることがここまで辛いと考えたことはなかった。彼の部屋へ行く前に、ガソリンスタンドで車を停める。
 雑誌コーナーにヤニックの名前がある雑誌を見つけて、思わず手にした。飲み物と煙草を一緒に購入し、車の中で雑誌を開く。
 ヤニックと関係のあるフラワーデザイン関係の雑誌や本はすべて買っていた。今、手にあるのは主婦向けのもので、テーブルのデコレーションについて、ヤニックが提案した花のデザインが並んでいた。
 ヤニックは顔を出さないことで知られている。取材もあまり受けず、人間嫌いの難しい人物だと言われていた。
 高校時代の彼を知る人間が知ったら、驚くに違いない。彼ほど人懐こく、単純で素直な人間はいなかった。
 ティムがヤニックと出会ったのは小学校の頃だ。クラスが同じで、リーダー的存在の自分と誰とでも仲よくしていたヤニックはすぐに副リーダーのように扱われ、やがてティムの親友という位置におさまった。
 パックとウェインは小学校に上がる前からの友達だったが、別クラスだった。ヤニックに二人を紹介すると、それ以降はたいてい四人でつるむようになっていった。
 ウェインがあまりヤニックを受け入れていないことは、最初のうちから知っていた。ヤニックにとってもウェインが多少苦手なタイプだと気づいていた。
 均衡を崩してしまったのは誰でもない自分だ。ティムはヤニックがデザインしたテーブルデコレーションを見つめる。会いにいきたい。
 朝市で会えると思っていたのに、ロビーから、彼は朝市に来れないほどのトラウマを持っていると聞いた。自分がしたことだ。だから、謝りたいが、それすら許されない。
 
 ティムは車を運転して彼の部屋を訪れた。首に回された腕からは甘い香りがする。ヤニックに似ている彼は、ヤニックより細身で長身だった。
「遅かったですね」
 ガソリンスタンドで時間がかかった、と言うと彼は頷き、肩にかけていただけのバスタオルを落とす。
「冷えました。早く温めてください」
 似ているようで似ていない。ティムは少しかげった心に気づかないよう、一度、目を閉じる。彼に誘われるように寝室へ入った。大きなベッドの上で彼が足を組んでいる。
「彼の名前を呼んでもいいですよ」
 彼はそう言って薄いブラウンの瞳でこちらを見つめた。ティムは靴を脱ぎ、衣服を捨て、ベッドの上にいる彼へ迫る。
「ヤニック……」
 その名前を口にすると、目の前の彼がヤニックへと変化する。愛らしい瞳や桃色に染まっていた彼の頬を思い出し、ティムは震える指先で触れた。
「ティム、来て」
 導かれた指先がヤニックのくちびるの中で濡れる。犯したい。あの時もそう思った。

番外編7 番外編9

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