わかばのころ48 | ナノ





わかばのころ48

 明け方になり、物音で目が覚めた。隣の温もりが消えていることに気づき、若葉は起き上がる。
「うーちゃん」
 身支度をしていた潮が、赤い目でこちらを見た。怒気をはらんだ視線に、若葉は一瞬尻込みする。
「どこ、行くの?」
 潮は手に持っていた荷物を置くと、若葉の前にひざをつく。
「あいつら全員、不起訴だ。罪を償わせる」
 若葉は慌てて、潮の拳へ触れた。
「ダメだよ。うーちゃんの手が傷つくだけだ。そんなこと望んで話したんじゃない」
 話を聞きたくなさそうに、潮が顔をそらす。
「うーちゃん、うーちゃんの手は俺を守ってくれるんでしょう? あいつらのせいで、また痛める必要ない。うーちゃんがここへ来てくれた。俺、幸せだよ。だから、どこにも行かないで、俺を一人にしないで」
 一気に言うと、潮が昨夜のように小さな嗚咽を漏らした。
「……優し過ぎる」
「うーちゃんにだけだよ。他の人はどうでもいい」
 潮がかすかに笑う。それから、強い力で抱き締められた。
「俺を好きになったこと、後悔させない。若葉、おまえのためにいい男になる。絶対、いい男になるからな」
 若葉は潮の肩へあごを乗せて、小さく笑った。
「うん」
 障子窓の向こうが陽光で明るくなっていく。若葉は涙を流しながら、もう一度、「うん」と頷いた。

 からからと勢いよく回っていた車輪が、ブレーキ音とともに停止する。『むすび』の駐車場に自転車を置いて、若葉は、「ただいま」と言いながら店内へ入った。
「おかえり、若葉」
 会田がカウンターから顔を出して、若葉のうしろに立つ潮にも声をかける。
「おかえり、潮君」
「ただいま」
 用意されていたケーキを牧達と談笑しながら食べる。若葉は高校二年生になり、潮は三年生になった。クリスマスも正月も帰らず、潮は若葉のそばにいた。彼の両親は年始にあいさつに来て、新年会は『むすび』で盛大に行われた。
 家族が増えたみたいだ、と祖父母は喜び、若葉にとっても今までいちばん楽しい冬休みになった。若葉の家へ来てから、潮はとても真面目に勉強している。いい男の条件には大学卒業が含まれているらしく、とつぜん勉強を始めた息子に彼の両親は驚いていた。
 家から通える距離にある大学は少なく、二校にしぼっても片道二時間がかかる。だが、潮は若葉が高校を卒業するまでの一年は、家から通うと明言していた。現在の目標は、同じ大学に通うことだ。若葉も潮に負けないよう、机を並べている。
 会田は、「送る」と申し出てくれたが、若葉は潮と手をつないで坂道を上った。新緑が光を受けて、まぶしいくらいに輝く。彼が自分だけのものだと確信を持てなかった時、若葉は早急に彼のものにならなければならない、と考えていた。だが、今は光と風を受けて揺れる葉のようにないだ気持ちでいられる。
「うーちゃん」
 歩幅を合わせて歩いてくれる潮の足が止まる。
「俺の誕生日、土曜だよ。俺ね……」
 つないでいる手とは逆の手を口元に当て、内緒話をするように体を伸ばす。潮が少し屈んだ。
 うーちゃんが欲しい。
 耳まで赤くなった潮は、若葉がびっくりするほど早歩きになった。若葉は引かれる手を見ながら、小さく笑う。上り坂も二人なら悪くないと思った。



【終】

47 番外編1(潮視点)

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