わかばのころ43 | ナノ





わかばのころ43

 相馬の病院へ移った後、若葉の体は順調に回復し、一週間で退院することができた。あの日からすでに一ヶ月ほど過ぎ、暦は十一月へと変わった。若葉は『むすび』のカウンター席に座り、会田が作ってくれたパスタを食べる。
 朝、父親の車に乗せてもらい、『むすび』に置いてある自転車に乗って駅まで行く。だが、若葉はそれ以上先には進めなかった。自転車に乗り、『むすび』へ戻ると、朝食を終えた牧達が中へ入れてくれる。
 若葉は『むすび』で過ごし、父親が帰ってくる時間になると、彼の車で一緒に家まで帰った。誰も学校へ行けとは言わない。人との接触が怖かった。特に知らない人間や大勢の集まる場所が怖い。若葉は『むすび』で潮が来るのを待っていた。
 牧から聞いた話によれば、潮は若葉に罪悪感を持ち、そのせいでなかなか会いにこれないそうだ。待てるか、と問われて頷いたものの、若葉は毎日、会いたいという思いを募らせていた。自分から会いにいこうと何度も考える。だが、駅に着くと電車に乗ることができず、結局、戻ってきてしまう。
 携帯電話を壊されてしまい、父親が新しいものを購入してくれた。若葉は夜、寝る前に必ず、「おやすみ」とメールした。今夜こそメールが返ってくるのではないか、という期待と、目を閉じると思い出す悪夢から、若葉は眠ることができない。
 家族は暴行事件がなかったみたいにふるまってくれるが、父親から一度だけ、不起訴になりそうだと聞いた。
「若葉」
 リンゴのシブーストを持ってきた会田に、若葉は弱々しい笑みを見せる。彼は励まそうとして、頭をなでてくれた。熱い紅茶が置かれる。
「……うーちゃんは元気?」
 カスタード味のシブーストを一口食べて、若葉は目の前に立つ会田へ聞いた。彼は頷く。
「慎也おじさん、俺ね、うーちゃんが会いにきてくれないのは、本当は、他に好きな人ができて、俺なんかもう嫌いになったんじゃないかって」
「そんなことはないよ」
 会田を始め、皆、若葉に優しくしてくれる。だが、潮が会いにきてくれない事実は若葉を精神的に追い詰めていた。まだ誰にも話していない、忘れたふりをしていることを、潮は知っているのではないかと考えてしまう。
「若葉は彼を守れたけど、彼は若葉を守れなかったって、そう考えて、とても落ち込んでる。若葉だって、自分が気を失ってる間に、潮君が代わりに暴力にさらされたら、悲しくて、自分の不甲斐なさに腹が立つだろう?」
「うん……」
 若葉は頬をすべる涙を拭う。
「だから、もう少しだけ、時間をあげて。潮君は必ず、こっちに来てくれるから」
 最後の一口を食べた若葉は、父親が帰ってくるまで、『むすび』の仕事を手伝った。

 ムウを連れて山道へ入る。いつもより早起きし、すでに起きていた祖父母に、ムウの散歩に行ってくると告げた。厚手のフードつきパーカーを羽織り、若葉は朝の冷え込みに腕を組んだ。
 フードを被って、舗装されていない道を上へ進み、潮と来た源流部を目指す。
「ムウ」
 尻尾を振りながら、ムウがそばに戻ってきた。秋の長雨のせいか、平瀬は水位が少し上がっている。若葉はすべらないよう慎重に歩みを進め、源流部の岩場へ腰を下ろした。
 夏休みが懐かしい。あの日にまで戻りたい。今日も一睡もできなかった。『むすび』で出されたものはすべて食べているが、家ではほとんど食事をしていない。それを聞いた会田は若葉の好物ばかり作ってくれる。
 水が流れる音を聞きながら、若葉は目を閉じた。暗闇の中、音がないことにも耐えられないが、街の中の喧騒も嫌だ。水が上から下へ落ち、流れていく音は不快ではなかった。首から下げているピアスに触れる。しばらく目を閉じていると、若葉はうとうとし始めた。
 ムウが岩場から川へ落ちないように、体が傾くと、冷たい鼻先を顔へ寄せてきた。若葉ははっと目を開き、雲の間からのぞく太陽に目を細める。若葉がどこにいるのかは知っているだろうが、あまり遅いと心配するだろう。若葉はゆっくりと立ち上がった。

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