わかばのころ42 | ナノ





わかばのころ42

 手帳を取り出した男に、若葉は軽く頭を振った。かけ布団を握る手が震える。若葉の様子に気づかず、彼はあの日の暴行内容について話を始めた。
「暴行だけだったよね?」
 あの日の時間、場所、呼び出されてからの行動、彼らの人数、ケガの内容を順番に言われ、男は念押しするように尋ねてきた。
 若葉はくちびるを噛み締める。震えはおさまらず、油断すると嗚咽を漏らしそうだった。蔑むように光った男の瞳が若葉を追い詰める。
「暴行だけ、じゃなかった? 現場に落ちてたビール瓶だけど、あれを使われただけかな? それとも、実際にそういう行為はあった?」
 ぱたぱたと布団の上に涙が落ちる。男がさらに言い募ろうとした時、ノックが聞こえ、初老の男が顔をのぞかせた。
「こら、おまえ! 何、勝手に始めてる!」
「すみません。簡単な聴取だけなら、自分でもできるかと思いまして」
 初老の男は若葉を一瞥し、深々と頭を下げて、男とともに出ていく。扉の外で、「医者の先生と両親立ち会いって言われてただろ? 勝手なことしやがって」と怒鳴っているのが聞こえた。
 急に両手足を押さえつけられたあの感覚を思い出す。若葉はとっさにピアスを握り締め、布団の中へ潜り込んだ。涙を流しながら、自分の手で口元を押さえる。ケガのことは担当医師から聞いていた。両親からもアナルの傷は異物を入れられたのか、と確認され、若葉は黙って頷いていた。
 それだけだ、と若葉は言い聞かせた。それ以上のことはなかった、と自分に信じ込ませた。

 聴取は初老の男が簡単に済ませた。彼は若い男のように、若葉に根掘り葉掘りと聞かなかった。起訴になるかどうかは検察官の判断になる。
 未成年同士のケンカだが、彼らと潮の間には以前も暴行事件があり、今回は一方的なもので、無関係な若葉まで被害者となった。もしかすると起訴になるかもしれない、と初老の男は言った。
 若葉は聞き流しながら、すべて忘れてしまいたいと思った。彼らに刑罰が下るのか、あるいは示談で済ませるのか、若葉にとってはどうでもいいことだった。ただもう彼らと会いたくない。一人で街に出るのも嫌だった。
「……、ば、若葉?」
 父親の声に、顔を上げると、彼がかすかに笑みを見せてくれる。すでに警察は帰り、病室には両親と若葉しかいない。若葉は甘えるように腕を広げて、彼の体へ抱きついた。
「うーちゃんに会いたい、お父さん、俺、もう疲れた、うーちゃんと、いたい」
 父親の腕の中で、若葉は大声で泣いた。あやすように優しく、大きな手が背中をさすってくれる。
「潮君のほうが回復が早い。彼から会いにきてくれるよ」
 胸に顔を埋めていた若葉は、父親と母親が少し開いた扉のほうを見つめていることに気づかなかった。
「……ほんと?」
 うつむいて、まだ涙を流しながら問うと、父親が頭をそっとなでた。
「あぁ。若葉がいちばんよく知ってるだろう? 潮君は泣き虫な若葉を放っておけない。おまえの泣き声を聞いて、すぐに飛んでくるよ」
 若葉は、「水分補給」と言って、飲み物を渡してくる潮のことを思った。触れるだけのキスや熱い舌が絡むキスを思い出す。ほんの少し、幸せな気分になった後、若葉はそのまま目を閉じた。
 少し開いていた扉が閉まる。扉の向こう側にいた人物が、中に入ってくることはなかった。

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