わかばのころ40 | ナノ





わかばのころ40

 黄金の穂が風で揺れる。若葉は手の平をそっと穂先に当てた。くすぐったいが心地いい。若葉はあぜ道を歩きながら、穂先の感触を楽しむ。水路の先には潮がいた。
 若葉、こっち。
 若葉は首を横に振る。水路から向こうは外の世界だ。外の世界は怖い。若葉は田んぼにずっと住むと言った。潮が困った顔をする。
 じゃあ、俺がそっちに行くから。
 潮はそう言って、大きく飛んだ。若葉の目の前に立ち、彼が抱き締めてくれる。嬉しくて抱き締め返す。ずっとこの胸の中にいたいと思い、若葉は目を閉じようとした。
「若葉」
 心地よい腕の中から、誰かが意識を引っ張ろうとする。若葉はまだ眠っていたいのに、と起き上がった。
 起き上がったつもりだったが、体は重く、実際に動かせたのは視線だけだった。白い包帯の先にある指を母親が握っている。若葉は疲れている母親の表情を見て、指先を動かす。彼女が若葉を見返し、それから顔を真っ赤にして泣き始めた。
 心配をかけてごめんね、と言いたいが、若葉の顔には酸素吸入器があり、話すことができなかった。看護士が入ってきて、「若葉君、意識を取り戻してよかったですね」と母親へ話しかけた。それから、看護士は音を発している機械の確認をした後、すぐに出ていく。
「若葉、若葉! 本当によかった」
 母親がそっと髪をなでた。若葉は目を閉じる。
「あとでお父さん達、来るからね」
 まばたきをすると、彼女が泣きながら笑う。
「痛いところはないの?」
 もう一度、まばたきをすると、彼女は頷いた。ここが病院の個室であることは分かった。若葉は周囲を見回して、左手を動かしてみる。
「どうしたの?」
 若葉は酸素吸入器を外そうとした。少しずらして、「ごめんね」と小さなかすれた声で謝ると、母親は泣きながら頷く。
「もういいの。あんたが生きてさえいれば、それでいいの」
 若葉は頬を滑る涙の熱さにようやく手足の感覚を取り戻した。
「うー……」
 うまく話せない若葉に、母親が酸素吸入器を戻す。
「潮君ね?」
 若葉が頷くと、母親は右の指先を握りながら話してくれた。
「潮君も大丈夫よ。搬送先の病院は一緒だったけど、潮君は意識が戻ってから、別の病院へ移ったの。あんたのほうが重傷だったのよ? どうしてケガしてるって言わなかったの?」
 意識を取り戻した若葉だが、またまぶたが重くなる。若葉はそれでも、これだけは言わなければと思い、酸素吸入器を少しずらした。
「かあさ、ん、おれ、うーちゃんが、すき。うーちゃんがいちばん」
 潮が無事だと聞いて、若葉はとても安堵した。目を閉じても笑みが浮かんでくる。指先を握ってくれる母親に感謝しながら、若葉はもう一度、眠った。
「若葉……ちょっと転んだらすぐ泣いてたのに、いつの間にこんな……」
 強い子になったのよ、という言葉は最後まで聞くことができなかった。

 個室での入院は費用が高くなるため、若葉の家族では払えない。若葉としても意識が戻ってからは、大部屋に移ってもいいと思っていた。だが、個室は潮の両親からの申し出らしく、断れなかったと母親から聞いた。
 直接、潮が巻き込んだわけではない。それでも、若葉が潮の問題によってケガを負ったことには変わりなく、彼の両親は何度も頭を下げにきていた。若葉は潮が無事であればよかったから、彼らが頭を下げにくるたび、「うーちゃんに会いたい」と繰り返した。

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