わかばのころ31 | ナノ





わかばのころ31

「要司さん……」
 会田がむっとした様子で牧へ近づいた。釜の中をのぞき、さらにとげとげしい声を出す。
「もう、どうして甘い生地をピザの位置に置くんですか? 右側に寄せて欲しいって言ったじゃないですか」
「ごめん」
 どうやら釜の中の場所をめぐって、決まり事があるらしいが、若葉には詳しいことは分からない。謝りながら、会田の様子をうかがう牧の態度は母親に怒られた子どもみたいで、思わず笑ってしまう。若葉はこっそり皿を取り出して、焼けたばかりのバナナとチョコのピザを手にした。
 会田の声は怒っているものの、彼を知っている人間なら、それが本気の怒りではないとすぐに分かる。
「甘い香りがついたら、要司さんの大好きなニシンとカボチャのパイも台なしになりますよ。毎日、おいしいものを食べて欲しいから言うんです。今度から実験の料理と甘いものは絶対右側の手前にしてくださいね」
 会田の言葉を背に若葉はキッチンから出る。盗み出した甘いピザを運ぶと、潮がやれやれと頭を振った。
「ブルシェッタがあるのに、そんなもん、持ってきやがって」
「甘いものは別だもん」
 若葉は少し冷めたブルシェッタを頬張る。かすかなニンニクの香りが食欲をそそった。手の平サイズほどしかなため、一気に食べる。食べながら、潮を見つめて、若葉はしだいに頬を染めた。
「何だよ、赤くなって……」
 気づいた潮が少し長めの前髪を耳を流す仕草をする。若葉は思わず、「カッコイイ」とつぶやいた。
「はあ?」
 潮もかすかに赤くなる。
「や、だって、うーちゃん、黒い髪のほうが何か、落ち着いてて、すごくいい。俺、見惚れちゃうよ」
 若葉は耳まで赤くなった潮に気づかず、椅子の下に置いていた鞄の中から携帯電話を取り出す。
「写真、撮っていい?」
「バカ! 撮るな」
「えー、と、じゃあ、うーちゃんのうしろの壁、撮るね」
 大きな手が若葉から携帯電話を奪う。
「レンズがこっち向いてるだろ。俺、写す気満々じゃねぇか!」
 若葉は笑いながら、取られてしまった携帯電話を諦めて、甘いピザを食べ始める。
「ねぇ、今日は俺んちに泊まる? いつ来たの? 学校は? 電車で来たの?」
 思いつくまま潮に尋ねると、潮は大きな溜息をつく。
「若葉はどこまでも若葉だな……まずはよく噛んで食べろ」
「うん!」
 潮から日曜までいると聞いて、今日の夜も明日の夜も一緒に過ごせると分かり、嬉しくなった。学校が昼で終わったため、両親の許可を得て、電車で三時間少しの道のりを来てくれたらしい。
 日曜は牧達が送ってくれる。会田が都市部にあるイタリアンカフェ&バーのオーナーをしていて、月一回ほどそちらへ顔を出しているため、ついでに潮のことも送る約束をしてくれたようだ。

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