ふくいんのあしおと 番外編13 | ナノ





ふくいんのあしおと 番外編13

 あの日、体を引き裂かれる痛みに心までばらばらにされた。その時までは母親の恋人に恋していた。キスをされた時、舞い上がったみたいに、いつもふわふわ浮かれていた。母親の恋人と、という罪悪感に苛まれても、それでも好きだった。
 順序立てて話をできない和信を、朝也は根気強く待ち続けてくれた。言葉を拾い上げ、正確に理解しようと努めてくれる。和信が嗚咽を漏らして泣いた。子どものように、「お母さんが許してくれない」と泣き、「裏切ったから」と言葉を続けた。いつの間にか立ち上がっていた朝也が、体ごと抱き締めてくれる。
「兄貴も俺も……なんてことしたんだ……」
 頭上から聞こえたつぶやきに、和信は首を横に振った。
「朝也は何もしてない」
 朝也の腕の力が強くなる。
「そうだ。何もしてない。何もできなかった。ごめんな」
 朝也はこんなにも自分につくしてくれるのに、どうして何もできなかったと言うのだろう。
「一人にしてごめんな。いちばん苦しい時、そばにいてやれなくてごめん」
 自分を気づかう言葉に、和信の瞳から新しい涙があふれた。朝也を失ったら、もう生きていけない気がする。和信は彼の大きな背中に手を回した。
「話してくれてありがとう」
 髪にキスを落とされ、そのまま抱えられる。朝也はバスルームへと入った。温かいタイルの上に座った彼は、和信の体を横抱きにして、湯船から熱い湯をすくう。それを体にかけて、隅々まで温めてくれた。
 朝也が傷ついているアナル周辺を優しくなでる。頬にキスをされて、和信は先ほどのできごとを話した。彼は怒りをこらえていたが、和信を責めることはなく、ただ優しく体をマッサージしてくれる。
「もう二度と、そんなことは起きない」
 朝也はそれだけ言うと、髪を洗ってくれた。されるがままに、髪を拭いてもらい、乾かしてもらい、最後にソファへ座る。彼は寝室からチューブ状の薬を持ってきた。彼とのセックスで中が切れることはないが、以前、病院へ行った時に処方されたものだ。期限を確認した後、手渡される。
「もし、明日になっても出血があったら、病院、一緒に行く」
 和信は薬を持ってトイレへ入った。病院へ行く時、朝也は必ずついてくる。自分のために仕事を休んで、いつも最優先に考えてくれる。週末まであと三日、和信は明日、仕事へ行くのが億劫になる。もし、またあの男がいたら、と思うと外に出るのも怖い。
 薬を塗り終わり、トイレから出ると、朝也が電話をしていた。和信の携帯電話を手にして、おそらく男の電話番号を読み上げている。こちらに気づいた彼は、電話相手である岸本と会話を続けながら、背中をなでてくれた。
「心配ない。岸本さんがやっつけてくれる」
 やっつける、という子どもっぽい表現に、和信は少し笑った。
「夕飯、食べられそうか?」
 せっかく朝也が作ってくれた夕食だ。和信は頷き、彼とともに食事をした。話しても話さなくても変わらない、と言った通り、和信が隠しておきたかった過去の話をしても、彼は動揺を見せず、今までと同じだった。
「明日は休むか?」
「うん、俺……」
 結局、自分自身のせいで仕事を失うのかと思うと、和信はまた泣きそうになる。今はもう金を無心する存在もなく、根詰めて働かなくてもいい。貯金もある。それでも働くことにこだわるのは、正社員になって安定した収入を得て欲しいと言った母親の言葉のせいだ。

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