ふくいんのあしおと 番外編8 | ナノ





ふくいんのあしおと 番外編8

 すすり泣いている。そう気づいて目を開け、左隣で眠る和信の体を探った。冷たいシーツの間に、彼の姿はない。朝也は起き上がり、サイドボードへ手を伸ばした。明るい照明が、まだ寝ぼけている頭をすっきりさせる。まぶしさに目を擦り、ベランダへ続く掃き出し窓を見た。子どものように座り込み、部屋の隅で泣いているのは、誰でもない。朝也の大事な恋人だった。
「和信」
 優しく声をかけても、和信は泣き続ける。ここ最近、毎夜だ。毎夜、彼は夜中にうなされ、すすり泣き、明け方まで眠れない。出勤時間ぎりぎりまで家にいられる朝也と違い、彼は仕事場まで二時間かかる。
「和信、大丈夫か?」
 ちょうどここへ引っ越してきた半年ほど前から、真夜中にうなされるようになり、「大丈夫」という和信の言葉を信じて、さらに半年が経つ。だが、彼はいっこうによくなる気配を見せず、むしろ悪化しており、仕事にも支障をきたしているようだ。それは朝也も同じで、彼のために定時で帰り、夕飯の準備をしているが、この一年、残業をしないことが社内の人間関係に大きな影響を及ぼし、難しい状況に陥っている。
 甘やかしてやれ、という岸本からの助言を得て、朝也はいつも和信を最優先にして、うんと甘やかしている。仕事の話は家では絶対にせず、二人で過ごす週末を大事にしていた。それでも、こうして眠りにつくことなく、泣き続ける和信を、どう救えばいいのか分からない。
「和信」
 朝也は屈んで、和信の体へ手を伸ばした。そのまま抱え上げて、ベッドへ入り直す。胸の中で泣き続ける和信を抱き締めて、朝也は目を閉じた。五年の間、彼は一人で泣き、一人で我慢を続け、一人ですべてを抱えてきた。自分が戻ったことで、その寂しさが少しは消えるのかと考えていた。だが、それは甘かった。どんなにそばにいても、励まし続けても、彼はいまだに何も話してくれない。体をつなげて、愛を伝えても、彼の悲しい笑みは消えない。
 朝也は途方に暮れてはいるが、まだ少しも諦めてはいなかった。生活に支障が出ても、仕事場で疎外感を味わっても、自分にとって何が大事なのか、見失ったりはしない。

 和信が腕の中で動いた瞬間、朝也は目を開けた。明け方から目を閉じていただけで、眠ってはいない。幸い土曜のため、仕事は休みだった。まぶたを腫らした彼が、腕の中で身じろぎ、抜け出そうとする。
「おはよ」
 触れるだけのキスをまぶたに落とすと、和信は動揺していた。
「あ、おれ、また……」
「大丈夫。今日は休みだから、ゆっくりしよ? まずは一緒にシャワーを浴びて、俺が朝食を作るから、和信は洗濯物を集めて、洗濯機を回す。それから、食事して、公園に散歩へ行こう」
 五月は緑があふれている。近くには大きな公園があり、おしゃれなカフェ、雑貨屋、服屋が並んでいた。歩くだけでも気分が変わるだろうと思い、提案すると、和信は小さく頷く。
「でも、まだ五時だろ? もう少しだけ寝よう」
 和信はいつもの習慣で目が覚めたのだろう。朝也ももう少し体を横にしていたい。
「……あぁ」
 胸へ顔を埋めるようにして、和信が体を寄せる。朝也は足を彼の足へ絡めてから、目を閉じた。

番外編7 番外編9

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