わかばのころ23 | ナノ





わかばのころ23

 若葉は父親のことを見つめた。一人ぼっちだと思いながら歩いた坂は暗くて、苦しいが、ここへ戻れば、若葉はいつも愛されていた。だから、ここから離れられない。
「お父さん……」
 もう一口ジュースを飲んでから、若葉は小さな声で尋ねた。
「好きな人に振られたこと、ある?」
 父親は上半身を伸ばして、扇風機のスイッチを入れる。
「え、振られたことか? うーん、お父さん、お母さん一筋だったからなぁ」
 若葉はそのこたえにほほ笑んだ。
「いいな。お互い、初恋同士だったんでしょ?」
「そうそう」
 軽く首を縦に振りながら、父親は何かに気づいたように、手を打った。
「何だ、若葉、もしかして、振られたのか?」
「うん」
「若葉を振るなんて、どんな子だ? こんなに素直でいい子なのに」
「うーちゃんだよ」
「潮君か、え、潮君?」
 あぐらをかいていた父親は、左ひざを立てて身を乗り出す。若葉は大きな溜息をついた。
「うん、俺の好きな人、うーちゃんなんだ」
 扇風機が首を回す音が大きく聞こえた。若葉は両手を握り締める。
「……変かな? 俺、おかしい?」
 若葉は缶ジュースの口を見つめた。小さな口の中には真っ暗な闇が広がっている。体中の涙を流したと思ったのに、若葉の瞳はまたにじんだ。
「いいや、おかしくないよ」
 視線を上げると、父親が手を伸ばして、涙を拭ってくれる。
「ほんと?」
「あぁ、おかしくない」
 父親にはっきりと断言されて、若葉は胸のつかえが取れた気分になる。
「あんなに小さかったのに、若葉も人を好きになる歳になったんだなぁ」
 若葉の手の平を見つめたながら、父親はしみじみとした声を出す。
「いちばんに、お父さんに話してくれたのか?」
「うん」
「ありがとう」
 父親はとても喜び、それから、昔のように、若葉のことを一度だけぎゅっと抱き締めた。ただそれだけで、若葉の頬には、また新しい涙がつたう。
「若葉、潮君にひどいことは言われなかったか?」
「うん。うーちゃんは、優しい。俺のこと、嫌いじゃないし、好きだって。でも、好きの意味が違う……」
 悲しくなって、若葉は嗚咽を上げた。父親が背中をなでてくれる。
「そうか」
 父親はしばらく背中をなで続けてくれた。若葉は泣きながら、やっぱり寂しいと思う。
「若葉……お父さんは、恋愛事には疎いが、おまえが誰かを憎んだり、傷つけたりする子じゃなくて、誰かを真剣に愛せる子に育ってくれて嬉しい。それに、潮君におまえの気持ちを押しつけたりしないで、ここで一人で泣いて、偉いと思うよ」
 父親の言葉に若葉は涙を拭う。
「違うよ、俺、いい子じゃないっ、他の誰かじゃ、なくて、うーちゃんに、同じ気持ちで、いて欲しいよっ、うーちゃんじゃなきゃ、嫌だ!」
 若葉は言いながら、自分でも無茶な要求をしていると思った。こんなことを父親へ言っても仕方ない。潮の気持ちは潮のものであり、無理強いして、そこから得られるものを欲しいわけではなかった。父親は何も言わず、ゆっくりと背中をなでてくれる。若葉は彼の胸に頭をあずけ、ひたすら泣き続けた。

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