わかばのころ21 | ナノ





わかばのころ21

 べたつく頬を洗い、ハンカチで拭いた若葉は、深呼吸を繰り返した。潮のところへ戻ろうとして、足を止める。彼は電話で話をしていた。楽しそうに笑っている。相手は誰だろう。若葉はぎゅっと胸をつかまれたような痛みを感じ、不安な気持ちになる。自分だけを見て欲しいという思いに、若葉自身が驚いていた。
「うーちゃん……」
 電話を終えた潮が携帯電話をポケットへ入れながら、首を傾げる。
「うーちゃん」
 聞けずにいたことを、若葉は初めて口にした。
「彼女、いるの?」
 頷かれたら、どうしようと思いながら、若葉はまっすぐに潮を見上げた。
「彼女? いねぇよ。いたら、夏休みにこんな田舎まで来ねぇだろ。おまえは?」
 若葉は潮を見つめていた。彼の向こうには青空が広がっている。彼女がいないと分かり、安堵した。だが、そうだからといって、自分が女の子になれないことは分かっている。
「俺……俺もいないけど……俺」
 今夜言おうと決めた言葉がするりと口から漏れていく。
「うーちゃんのことが好き」
 潮の表情が変わる。若葉は瞳をにじませた。おっとりしているせいで、無知だと思われがちだが、若葉だって恋愛や性のことは知っている。
「変って思うかもしれない、でも、俺、うーちゃんが好きで、ずっと一緒にいたい」
 ハンカチで涙を拭きながら、若葉はうつむいた。潮の運動靴を見ながら、自分で恋を終わらせてしまったと思う。もし、自分が同じ性を持つ人間から告白されたら、やはり困惑してしまうだろう。昔みたいに、知らない男にどこかへ連れていかれそうになれば恐怖しか感じない。だが、それが潮だったなら、若葉は喜んで、どこへでも一緒に行くに違いない。
 長い沈黙の後、潮が手を引いた。もうすぐバスが来る時間だ。手を握ってくれるということは嫌悪しているわけではないのだと、いいように受け取る。
「若葉」
 潮は若葉の手を放すと、その手で頭をなでてくれた。
「おまえの気持ちは知ってた。だけど、ごめんな。おまえのことは好きだけど、それは友達としてだ」
 バスが走ってくるエンジン音が聞こえる。若葉は泣いてはいけないと思いながらも、涙を止めることができなかった。嗚咽を漏らさないように、きつくくちびるを結び、涙を拭う。潮は前を見て、何も話さなかった。バスを降りて、坂を歩く時も、彼は無言だった。だが、いつものように若葉の歩調に合わせてくれている。
 若葉は『むすび』の駐車場まで入ると、足を止めた。
「うーちゃん、困らせてごめんね。俺、今日はやっぱり家に帰るよ」
 潮は、「分かった」と言い、二階から荷物を持ってきてくれた。
「上まで送る」
「いい。あ、あのね」
 新しい涙を流しながら、若葉は潮を見た。もう自分の恋は終わっているのに、彼の顔を見ると、好きという感情が揺さぶられる。
「き、嫌いにならないで」
 本当は傲慢に、「好きになって」と言いたかった。潮のためなら何でもできると言葉にしたかった。
「嫌いになんかならない。若葉は素直だと思っただけだ。明日、また会おうな」
 頷くのがやっとだった。若葉は着替えの入った鞄を肩にかけて、坂道を上がる。赤い夕陽が消え、紫の空がしだいに夜の色へ変化する。薄暗い道を一人で歩きながら、若葉は自分が一人ぼっちだと感じた。

20 22

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