わかばのころ13 | ナノ





わかばのころ13

 個室の扉を開けて、若葉が出ていくと、潮がムッとした様子で立っていた。
「おまえ、三十分も泣いてるなんて、信じらんねぇよ」
 潮はムッとしているものの、呆れているだけで怒ってはいなかった。携帯電話をいじって、「慎也さん、迎えにくるってメールくれたけど、先、帰ってもらったからな」と告げてくる。傷つけられたのに、彼があまりにも普通に接してくるせいか、あるいは泣いて気分がすっきりしたのか、あまり重い気持ちにはならなかった。
「バス、あんのか?」
「うん」
 若葉がバス停へ向かって歩くと、潮は書店の駐車場にあった自動販売機で飲み物を買った。冷えているペットボトルのお茶を持った彼は、すぐに若葉へ追いつく。
「ほら」
 差し出されたお茶に驚いて、若葉は隣に並ぶ潮を見上げた。
「水分補給しろ」
 若葉はお茶を受け取りながら、潮の気づかいに感動していた。先ほどは冷たいことを言われたが、今は優しくしてくれる。嫌われているわけではないと分かり、嬉しくてつい彼のTシャツの裾をつかむ。
「ありがとう」
「だから、裾はつかむなって言ってるだろ?」
 若葉はすぐに裾をから手を引いた。
「気に入ってる服、持ってるか?」
「え?」
「大事にしてる服はあるかって聞いてる」
 若葉は頷く。
「それが変な方向に伸びてて、着た時にだらしない感じになったら嫌だろ? 虫食いとかで穴が開いたり、何かこぼしてシミになったり、そういうの嫌だろ?」
 潮の言葉に若葉はようやく彼の言いたいことが分かった。
「ごめんね、もう引っ張らないから」
 手を振り払われた理由に、若葉は安堵し、自然と笑みがこぼれる。小さい頃から家族の服の裾をつかむ癖があり、今まで気にしていなかった。だが、確かに気に入っている服の裾を引っ張られたら、あまり気分のいいものではない。
 潮は物事をはっきりと言うだけだ。本当は優しい人なのかな、と若葉は彼を見上げる。金色の髪の先がちょうど耳たぶあたりに触れており、そこにはリングピアスが並んでいた。重くないのか聞いてみよう、と思案していると、潮が、「おい」と言って立ち止まる。
「さっきから俺のことを見てるが、ちゃんとバス停に向かって歩いてるんだろうな?」
 そう問われて、若葉は慌てて周辺を見回した。たいていの場合、家族の誰かや、牧達が車を出してくれるため、若葉は頻繁にバスを利用しない。あいまいな記憶をたどり、書店近くのバス停へ歩いているつもりだったが、若葉は自分が今どの辺りにいるのか、バス停はもう通り過ぎたのか、よく分からなくなった。
「えーと、本屋さんの近くのバス停は本屋さんを出て左に行くんだけど、左にはおいしいコロッケが食べられるお店があって、その道路の向こう側にね、夏だけかき氷を作ってくれるお店があって、それから、もっとずっと行くと道の駅があって……俺、右側に出てきたかもしれない?」
 緑のじゅうたんが広がる景色を見ながら、おそるおそる潮を見上げた。彼は携帯電話を開いて、地図を出している。電話とメールの機能しか使ったことのない若葉は、携帯電話を使いこなせる彼に感心していた。
「……怒ってる?」
 青い三角形で表示された現在地を見ていた潮は、反対方向へ歩き出す。
「おまえの母親が、迷子になるって言ってたの、謙遜してるだけだと思ってた」
 また厳しいことを言われるかもしれない、と思い、若葉はすぐに追いかけない。すると、潮が振り返った。
「ほら、一緒に帰るぞ」
 若葉は潮が怒っていないと分かり、彼のところまで駆けた。嬉しくて、服の裾を引っ張りそうになり、少しだけ手の位置を上げて、彼の左腕に自分の両腕を絡める。

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