ひみつのひ番外編11 | ナノ





ひみつのひ 番外編11

 映っている映像だけではよく分からない。智章は広間で稔が何かを懸命に書いている姿を何度も見直した。最初、母親が稔を部屋から連れ出し、広間に座らせた後、紙とペンを渡していた。それから、稔はゆっくりながらも、何枚も何枚も何かを書き続ける作業を続けている。途中、手が止まり、立ち上がった彼は広間を出た。十分程度で戻ってきて、また書く作業を続ける。いったいいつまで続くのかと早送りすると、ちょうど自分が帰宅する少し前に母親が彼に声をかけた。
「今日はそこまでで結構です」
 おそらく繰り返してきたことなのだろう。作業を始める前に説明も何もなく、稔は何を書けばいいのか分かっているようだった。智章が聞けた音は、紙を替える時の音やペンが滑る時の音くらいで、稔の声は何も入っていなかった。
 母親は何を書かせているのだろう。何度も見直したが、文章までは分からない。昼休みに帰ってきた稔が、ノックをした。智章が返事をすると、彼は購買で購入した昼食を見せる。
 こういう時、智章は稔を抱き潰したいと思う。べったり離れない自分から唯一離れられる時間なのに、こうして彼自らこちらへ飛び込んでくる。かわいくて仕方なかった。
 智章は稔の手から袋を取り、椅子に座る。彼に自分の上に腰を下ろすように促した。左の太股の上に彼が座る。
「何?」
 稔は机の上にあったパソコンとカメラを見比べる。エンターキーを押して、彼に撮影していた映像を見せた。
「これ……」
 稔の顔が青くなった。彼は動揺しており、視線をそらす。
「何を書かされてるの?」
 稔は小さく口を開いた。
「書類、書くの手伝って欲しいって言われて」
「何の書類?」
「あ、分からないけど、おばさんの仕事の書類……だと思う」
「仕事? 母が参加してる慈善団体の?」
「うん、きっとそう。俺には分からないけど」
 智章は右手を動かして映像を停める。
「今時、手書きするかな? 稔、もう一度だけ聞くね。何を書かされてるの?」
 泣きそうな表情をした稔が、立ち上がって彼の部屋へ駆け込んだ。鍵をかける音がする。智章は腹を立てていた。彼にではない。彼が傷つかないように守るだけの力が、自分にはまだなかった。
「稔、開けて」
 かすかに泣き声が聞こえる。智章は扉を叩いた。一分だけ待とうと決めて、実際には三十秒後、利き足で思いきり扉を蹴った。蝶番の部分が壊れ、扉が外れる。
「稔」
 智章が中へ入ると、稔は扉を壊したことに驚き、泣きやんだ。
「はっきりさせよう。おまえは俺のそばにいてくれるんだろう? それとも、本当は嫌なのに一緒にいるの?」
 稔の黒い瞳を見つめながら、智章は真剣に尋ねた。もし、彼が無理をして自分と付き合っているだけなら、この関係を終わらせることも考えなければならない。ただその時、自分は大きく変わってしまうと思った。
「い、嫌じゃない。俺、藤のこと、好きだよ。でも、今だけだから……卒業したら、アメリカ行くし、日本に戻ったら、藤は俺なんか相手にしてられない」
 智章は稔の、「好きだよ」という言葉が嬉しくて、他の言葉はどうでもよかった。ベッドに座っている彼を抱き締めたい衝動をこらえ、智章は彼の前にひざまづく。
「それを決めるのは俺だよ。俺も稔が好きだ。ずっと一緒にいて欲しい。アメリカについて来て欲しいし、日本へ戻っても隣にいて欲しい。もし、おまえにとって藤の名前が重いなら、俺は名前を捨ててもいい。もともと継ぐ気なんてなかった」
 智章は稔の眼鏡を外し、指先で涙を拭ってやる。
「ただ、おまえを守る力になるから、藤グループを継ぐと祖父に言ったんだ。そのおまえがいないなら、俺にとってはすべて意味がなくなる」
 黒い髪を指ですきながら、智章は話を続けた。

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