ひみつのひ番外編9 | ナノ





ひみつのひ 番外編9

 車内に乗り込んだ智章は、仁志という後輩の語った言葉を反すうしていた。
「稔先輩、本当は先輩と一緒にアメリカに行きたいって言ってました」
 稔がそんなふうに思っていたなんて、智章は知らない。遠距離でも会いに行けばいいと秀崇に言われた時も、全然会いにくる気はなさそうだった。第三者には言えるのに、自分に言えないなんて、悔しいと思う。だが、そうさせているのは自分の態度なのだろうか。
 智章は家からの嫌がらせについても思いをめぐらせた。毎週土曜に実家へ来てもらっているが、智美の買い物に付き合ったり、カフェでゆっくりしているとしか聞いていない。それは稔の口からも聞いている通りだった。祖父が手を出せないよう、なるべく自分のそばに置いているつもりだが、母親が彼を気に入っていないことは感じている。

 智章は仕事の手伝いを終えた後、智美へ電話をかけた。先週末、稔と買い物へ出かけた時に購入した物を聞き出す。彼女はいちいち購入した物を覚えていないと言ったが、どこのブランドか忘れても、何を買ったかは覚えているだろうと問い詰めた。
 金曜の夜は一人だが、土曜の昼までには寮へ迎えを出して稔を連れてくる。智章は実家へやって来た稔を静かに観察した。彼はあまり実家に来たがらない。
「稔」
 いつもなら土曜も会社へ行ったり、祖父宅を訪ねたりしている智章だが、今日は稔と過ごそうと思った。
「久しぶりに俺と出かけよう」
 そう提案すると、稔は顔をほころばせた。今すぐに体をつなげる気はない。だが、かわいらしくて、つい深いキスを続けてしまう。ジーンズの上から尻をなでて、指先を下着の中へ滑らせようとしていると、室内に電話の音が響いた。智章は受話器を上げる。母親からだった。今日は稔と出かけると告げると、彼女も稔と出かける約束をしていたと主張してくる。
「稔」
 智章は受話器の通話口を押さえて、ベッドに座って、眼鏡をかけようとしている稔へ声をかけた。
「母と出かける予定だった?」
 もしそうなら、先ほどの笑顔は何だったのか分からなくなる。稔は困惑した表情になり、それから言葉をつむいだ。
「あ、うん、あ、そういえば、俺……約束してた、かも……」
 智章は受話器を耳に当てた。
「約束していたかもしれないですが、稔は今日、俺と出かけます。失礼します」
 母親は何かわめいていたが、智章は気にせず受話器を置いた。すぐに内線の音が響く。ボタン操作をして、内線が入らない設定へ変更し、智章はクローゼットを開けた。
「藤、俺……」
「俺と出かけてくれるよね? それとも母のほうがいいの?」
 稔は首を横に振る。よれたジーンズで外出させる気はなく、智章は稔の衣服を選び出し、着替えるように言った。
「先週末は智美と買い物に行ったって?」
「うん」
「智美は何を買ってたか覚えてる?」
 シャツを脱ぎ、ジーンズからベージュのパンツへはき替えた稔の手が止まる。智章はボタンを閉じ、そっとチャックを上げた。いちばん小さなサイズにもかかわらず、ウェストが緩くなっている。稔は黒のTシャツを手にして、「服を買ってたよ」と告げた。Tシャツの上からカジュアルなチェック柄のシャツを羽織ると、見栄えが変わる。
 智章は稔の髪を手ぐしで整えた。状況を把握していない自分に腹が立つ。少なくとも、稔は先週末、妹と出かけたりはしていない。妹はバッグを購入したと言っていた。

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