ひみつのひ番外編5 | ナノ





ひみつのひ 番外編5

 ネクタイを結んでいる稔を見て、智章は背後に立った。耳たぶの形が気になり、なめると、稔が身をよじらせる。
「藤、遅刻するよ」
 咎める言い方がかわいらしくて、智章は稔の艶やかな黒髪に指を絡める。授業に出るのが面倒だった。三年に上がってから、祖父がいっそううるさくなり、週末のたび、家に帰るのが煩わしい。
 稔はあまり実家へ行きたくなさそうだが、彼を連れていくことで、安らぎを得ることができる。押しに弱い稔は頼めば何でも聞いてくれる。授業をサボりたい。智章は稔の制服のシャツをズボンから引っ張り出す。
「藤」
 稔の成績が芳しくないことは知っている。一緒にアメリカの大学へ行きたいと言ったら、無理だと即答されていた。経済面と成績面から見た結果だと言われた。
 智章は溜息をついて、稔から離れた。二学期に入ってから、稔は少しいらついていると思う。ぴりぴりした雰囲気で時々、この世の終わりみたいな表情をして泣きそうになっている。
 誰でも情緒不安定になることはあると思い、智章は細かくは気にしていなかった。食欲もないようで、もっと食べろと言えば、ダイエット中だと返された。妹の智美(トモミ)も同じような状態のため、智章はそんなものなのだと考えていた。
 教室では窓際の一番うしろの席を稔の席と決めている。彼の隣に自分が座り、彼の前には害のなさそうなクラスメートを座らせた。真面目にノートを取る彼の横顔を見つめるだけで、意地悪をしたい気持ちがうずく。

 中等部一年の時、智章は坂下という同級生が気になって仕方なかった。彼は目立つ生徒ではなく、自分とはまったく違う世界にいた。きっかけは稔の時のように些細なことだった。
 食堂で並んでいる時に、前にいた生徒が振り返り、彼のトレイが智章のほうへひっくり返った。ミートソースが制服に飛び、彼はかなり慌てたようだが、とっさにハンカチを差し出してくれたのが、坂下だった。それからずっと、彼につきまとい、彼の泣き顔が見たいから意地悪をした。
 秀崇は子どもっぽいと馬鹿にしていた。だが、智章は好きな子が泣きながら、自分を頼り、自分に甘えてくれると、とても満たされた気分になる。坂下の時は告白しても振られ、あげくに彼の父親の転勤という不測の事態で恋はあっさり破れてしまった。
 だから、人生で一番落ち込んでいた時期の後、稔を見つけた時、智章は絶対に彼を自分のものにしようと決めた。傲慢で不躾で身勝手な思いが恋に結びついたのは、中等部三年に上がってすぐのことだ。美術の時間に創作していた木製オルゴールの破片が指に刺さった。稔は隣のクラスだったが、体育と芸術の授業は合同のため、音楽と美術の選択によって隣のクラスの生徒であっても同じ教室で授業を受ける。
 稔も彫刻刀で指を切り、二人は同時に保健室を訪れた。中には誰もおらず、稔は左の人差指から流れる自分の血を舌でなめ、消毒液をかけた後、ティッシュで指を押さえた。稔と面識などなかったが、彼の指先をなめる仕草を見た瞬間、水面が波立つような不思議な感覚を覚えた。智章がぼんやりと見つめていると、彼は智章の手を取り、ピンセットで破片を抜いてくれる。
 手際よく消毒液をかけられ、絆創膏をはられた。稔は彼の指先にも絆創膏をする。その後、何も言わずに彼は出ていった。終始、うつむき加減で、表情など見えなかったが、智章は稔のことが気になって、その日からずっと目で探した。
 稔のことをいつも視線で追いかける。彼が秀崇を好きなことにはすぐに気づいた。秀崇にはもちろん言わなかった。だが、内心、とても腹が立ち、何とか自分に気づいて欲しいと考えていた。体育の時間、サッカーボールが頭に当たって倒れた彼を、保健室まで連れていき、そっと手を握った。彼が無意識であっても握り返してくれたことに、智章は歓喜し、この愛らしいものをどうやって自分のものにするか考えた。

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