わかばのころ1 | ナノ





わかばのころ1

 田園風景の広がる単線電車の中で、奥村若葉(オクムラワカバ)は宿題を眺めていた。夏休みの宿題は、中学生の時より、項目が少ない。その分、一冊一冊の問題集が厚い。若葉は宿題一覧が書かれたわら半紙を鞄へしまい、明日から始まる夏休みに期待をふくらませる。
 学校は嫌いではない。友達は皆、若葉に優しくしてくれる。外に出るいい機会だから、と中学校の担任は、寮のある都会の高校をすすめてきたが、若葉は村から出る気はなく、一番近い高校を受験した。
 片道一時間と四十分かかる。一時間は電車の時間で、残りの四十分は自転車に乗る。無人駅である相馬駅の隣には駐在所があり、中にはちゃんと警察官の佐渡(サワタリ)がいる。彼の厚意で若葉の自転車は屋根つきの駐在所の駐輪場に置かれていた。
「ただいま!」
 若葉が声をかけると、テレビを見ている佐渡が、「おう!」と手を挙げた。若葉は学校から支給されたヘルメットを被り、自転車に乗る。駅から家まで自転車で四十分もかかる。若葉は両親が十年かかって授かった子どものため、家族はとても過保護で、中でも母親の心配性は度を過ぎていた。中学生になっても、通学の行き帰りの際はふもとまで迎えにきた。
 若葉の生まれ育った相馬地区は、ふもとに近い集落は拓けている。稲作を中心に個人で営む野菜畑もあり、ほとんど緑一色だ。だが、最近は二十二時まで営業しているコンビニもできて、ふもとはそれなりに活気づいている、と若葉は思う。
 若葉の家は、祖父母の代から米を作っている。父親は市内にある保険会社の支店で働いており、母親は祖父母の手伝いをしている。自転車をこぎ始めて二十分もすると、三年ほど前にオープンした『むすび』が見えてくる。レストラン兼コテージの『むすび』は山裾に並ぶ最後の建物で、その上には若葉の家しかない。
 『むすび』ができてから、若葉はここへ自転車を置いていた。この先、まだ残り二十分の坂道が待っているが、若葉の家族は暗い時間帯に一人で山道を通るのは危ないと言い、レストランのオーナーと話し、自転車を置かせてもらった。朝はたいてい父親の車でここまで送ってもらう。帰りは父親の残業などの都合で、拾ってもらえないことが多いため、オーナーが送ってくれるようになった。
 今日は終業式だったから、十四時前には『むすび』に到着した。若葉が十三歳の時にオープンしたレストランは、取材拒否をしているらしく、雑誌に掲載されることはない。だが、地元ではかなり有名だった。イタリアンレストランで働いていたオーナーの作る料理は絶品で、若葉は彼の作るデザートがこの世で一番好きだ。
 若葉はこのログハウスが一から造られていく過程を見ている。『むすび』のオーナーは料理担当の会田と家を造る時に中心に立っていた牧という二人の男性だった。四十坪のログハウスと周囲には季節ごとの草花が育つ庭があり、完成に近づく様を見続けた若葉は二人に、「魔法使いですか?」と真剣に質問した。
 若葉はすでに中学生だったが、幼く見られがちで、その時も小学生だと勘違いされた。二人は幼い子どもの夢を壊すまいと真面目に、「魔法使いです」と答えた。隣で見ていた両親が大笑いして、大人の会話を始めた。両親の相手は牧がして、会田は好奇心いっぱいの若葉を庭へ案内してくれた。
 『むすび』で使われる米は若葉の家から卸している。米以外にも野菜や果物をいつも送ってもらっている礼として渡していた。礼なのに、会田はケーキ以外にもおいしい料理を試作品として作っては持ってきてくれたり、コテージへ招いてくれたりする。
「ただいま!」
 昼の時間を過ぎていたが、コテージの外に車がたくさん停まっていて、会田のケーキ目当ての客達が来ているのだろうと予想できた。
「おかえり。若葉、夏休みだね」
 コテージは三段の階段を上がるか、庭のテラス席から解放されている扉を通って中へ入ることができる。今日は暑いせいか、扉は閉まっていたが、鍵は開いていた。カウンター席に近づくと、会田がすぐに気づく。若葉を笑みを浮かべた。
「うん。でも、宿題もいっぱいだよ」
「お、若葉、帰ってたのか」
 うしろから牧に話しかけられて、若葉は振り返った。興味がないから、年齢を聞いたことはない。両親の話では二人とも四十代後半だと言っていた。両親は五十二歳だから、彼らと比べると若く見えて当然だが、特に会田は四十代には見えなかった。
「ポモドーロがあるから、パスタでいい?」
 カウンターに座って、大きく頷くと、会田がキッチンへ向かうため、背を向けた。

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